ニッケイ新聞 2010年1月29日付け
話を本筋に戻すと・・・無実の罪に陥れられた日本人M・Tは07年12月にやって来て、やはり生きたカブトムシをSENASAの偽の証明書で持ち出すことが出来た。ただし偽物だとは気がつかなかった。インターネットを通じてアルゼンチンのWという農業技師・昆虫学者・大学教授と接触し、カブトムシの入手とSENASAの証明書手続きまで依頼していたものである。
次は08年2月11日に入国し、15日に前回同様出国しようとしたが、今度は麻薬捜査官の取調べを受けて逮捕された。今回は、M・Tがエセイサ空港に到着し、2人のアルゼンチン人に出迎えられ、ボルクスワーゲン車でブエノスアイレス市へ移動したことがビデオで捉えられ、Wの周辺の2人も洗い出されていた。
結局、駐日アルゼンチン大使館へ日本の昆虫輸入業者から匿名の密告があったからだが、単なる昆虫だけの件では当局が興味を示さないことから、麻薬密輸と絡め、コカインやヘロインを隠した昆虫を日本へ持ち出す策略があるという内容だった。事実07年、100匹のカブトムシの中にコカインを入れ、オランダから輸入したケースがあった。
次の項目が公判におけるM・T側の反論の趣旨である。
(1)輸出許可書の合法性を疑わず、Wに依頼した
(2)私について間違った情報が駐日アルゼンチン大使館に提供されたようだ
(3)職業上、嫉妬による日本的な復讐であり、私に害を与えるために警察に働きかけたと考えられる
M・Tにとっては昆虫学者で大学教授のWを信用して取引したもので、すでに07年にも持ち出しが出来たので輸出許可書の合法性を疑わず、騙されただけで、犯罪そのものは成立しなかった。ただし、WのSENASAの証明書偽造の取調べは引き続き行われる。
再三日本に舞台を移すと、M・Tは06年12月19日に電話を受けている。〃守屋かずま〃という人からだった。
「オレの仲間のビジネスを邪魔するな。でないと殺すぞ」「気をつけろ、棒で打ちのめしてやる」「これから、ひどいめに合わせてやるからな」と大声で脅迫した。M・Tは恐くなって、警察へ届け出ている。
カブトムシはアメリカ人やヨーロッパ人にとってただの昆虫だが、日本人にとって大きなビジネス商品だった。インターネット上にいろんな業者の掲示板があって、他業者のルート横取りへの中傷、嫌がらせ、密告などざらに登場する百鬼夜行の世界である。M・Tがアルゼンチンで逮捕されたニュースもいち早く出ていた。
あとで分かるが、Wによると守屋はM・Tよりも先にWとカブトムシの取引をやっていた。M・Tはこれまで守屋が独占していたアルゼンチンから日本への昆虫輸出に干渉したことになり、その仕返しを受けた形になった。
恐らく、守屋が駐日アルゼンチン大使館に匿名の偽情報を送ったと考えられる。カブトムシだけでは振り向いてくれないので、麻薬持ち出しの可能性と結びつけた。
記憶力のよい本紙の読者だったら、この〃守屋かずま〃の名前を覚えているだろう。本紙は昨年度新年特別号から、JnetworkService社の要請を受け、毎週1回「『インターネットテレビ』で日本の番組を楽しみましょう」という広告を継続して掲載していたが、その広告主が守屋かずま(40歳)だった。のち、大掛かりな違法配信、著作権法違反の容疑で逮捕されている。
警視庁の発表によると、守屋は大阪の電子部品組立て加工工場がバブルで倒産したあと昆虫の研究家になり、海外に出るのが多くなったという。アフリカからカブトムシを日本へ入れたりしていた。
昔、江戸には「生き馬の目を抜く」ようなすばしっこさと、ずるさを持つ商人にこと欠かなかった。この話は、平穏なアルゼンチン日系社会の頭越しに、日本のカブトムシ商人たちがアルゼンチンの一角を掻き混ぜて過ぎ去った、小さな台風の舞台裏である。(らぷらた報知)おわり