ニッケイ新聞 2010年5月28日付け
劣悪な公立校から世界のトップへ――。フォーリャ紙26日付けに感動的な日系学生の話が掲載されていた。サンパウロ市西部の貧困地区で育ったサラ・イズミ・ニシムラさんの父親は、卵の訪問販売で月収3最低給。彼女が通う公立学校は、トイレの紙どころか試験用紙すら不足していた▼向学心のある同級生など誰一人見あたらない中で、週末はおろか夜昼なく勉強し、奨学基金に合格した。通知が来たときは、本人より母親が大泣きしたというから、家族ぐるみで見守っていたのだろう▼奨学金をえて、最難関校のバンデイランテス高校部に見事入学。さらに猛勉強してAクラスどころか、学年の最優秀15人に入る。親が海岸に別荘を持ち、最高級ショッピングのダスルの服を着る同級生を横目に、ひたすら勉強を重ねた▼病欠した5日間以外は皆勤で、USP工学部に無事入学。現在は、世界の最高峰MIT(米国マサチューセッツ工科大学)の大学院進学に向けて準備を進めている。「心配なのは入学試験じゃなくて、奨学金の方ね」▼裕福な家庭の子弟が優秀校にいくのはある意味、当たり前といっていいが、公立校からMITへというのはほぼ夢物語だ。それゆえ、フォーリャ紙は写真入りで半頁を割いて紹介している。これを読んだ読者が電話してきた。「こんな素晴らしい日系学生がいるなんて。泣けて、泣けて。ぜひみんなに紹介して」。日系の勤勉さが不可能を可能にした▼たとえ日系子孫が日本語を失ったとしても、このような勤勉さだけは、代々伝えるべき最高の日系の精神的財産だと痛感した。(深)