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日本移民の日 特集=民族の調和ここにあり=州立博物館の移民祭りで=各コミュニティ事情聞く

ニッケイ新聞 2010年6月26日付け

 民族間の統合でブラジルに調和と平和をもたらそう―。今年もサンパウロ州立移民博物館では5月23、30日に盛大に「第15回移民祭り」が開催され、昨年よりも多い約2万人が来場した。各民族が様々な伝統料理や音楽、ダンスのショーを披露。各コミュニティはそれぞれどのような活動を行い、伝統文化を伝えているのだろうか。

歴史あるレバノン移民=移住130年で根を張る

 移民祭りの中で、今年移民130周年を迎えたレバノン・コミュニティが表彰された。同博物館のアナ・マリア・ダ・コスタ・レイトン・ヴィエイラ館長からブラジル・レバノン協会のロディ・ブライス会長に蘭の花が贈呈され、ロディ会長からは移民130周年の記念切手が寄贈された。
 1880年に最初の移民が入植し、現在その子孫は本国の総人口よりも多い約700万人と推定されている。そのうち300万人がサンパウロ州に在住し、約30団体があるという。
 レバノン政府からは帰国を促す声もあるというが、4歳で移民してきたロディ会長は「我々はブラジルで受け入れられ家族ができ、すでにこの地で根を張っている」と自信を持って語る。母国を旅行で訪れる人は多くても、実際に暮らすことを考える人は少ないそうだ。
 「他のコミュニティと協力しこれからも会を発展させていきたい」と笑顔で話していた。移民130周年を記念し、サンパウロ市各地で11月まで講演会、展示会などが開かれる予定だ。

東ヨーロッパ街の形成へ=「東洋街をモデルに」

 ロシア系子孫は現在約3万人。そのコミュニティはサンパウロ州、南大河州に多いほか、リオ州、ペルナンブーコ州、ゴイアス州などに広がり約10団体が組織されている。
 サンパウロ市にあるヴォルガ文化協会は会員約400人。そのほとんどがすでに三世でロシア語、伝統ダンス、コーラスの講習があるほか、ダンス発表会やスポーツ大会などのイベントを開催する。リトアニア、ウクライナ、ボリビア・コミュニティと協力関係があるそうだ。
 首都モスクワの市長が代わった2008年よりロシア政府からの支援も厚くなり、近年は母国への留学も盛んになっている。
 また市の援助を受けて新たに考えられているというのは、東ヨーロッパ移民の地区の形成だ。ロシア、ポーランド、リトアニアなど東ヨーロッパからの移民が多く集住するサンパウロ市東部のヴィラ・ゼリーナ区で進められているそうだ。
 全伯を統括するブラジル・ロシア協会のヴィクトール・ジェルス・ジュニオル会長(45、二世)は、ヴォルガ文化協会の副会長としても活躍する。
 「良く組織立っているアジア・コミュニティをモデルにしている」と話すヴィクトール会長は、「東洋街として発展したリベルダーデ区のような街作りがしたい」と意気込んでいた。

ビッシーガの伊人街=融合したアフロ文化

 サンパウロ市セントロにあるビッシーガ区は、1878年に最初のイタリア移民が入ってからイタリア人街として繁栄し、2008年に130年周年を迎えた。同区だけで2200人のイタリア人が移住したとされる。
 アキロピッタ教会のフェスタでも有名な同区だが、イタリア人の移民以前の19世紀初頭、すでにキロンボ(逃亡黒人奴隷集落)がつくられていたほか、19世紀後半にはファゼンダから解放された黒人奴隷が再度移り住み黒人文化色も強い地区だった。
 現在も同区の教会では、黒人の神父によってミサが開かれている。伝統あるサンバチーム「バイバイ」が所在する場所としても知られ、研究者によっては〃アフロ・イタリア人街〃とも表現されている。
 一方、子孫も母国での市民権取得が可能とされているイタリア移民は、約38万人の子孫がイタリア総領事館で市民権の取得を待っている状態。あまりの人数の多さに、申請作業には時間がかかり10年以上も待たされている人もいるようだ。