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「昭和」伝える大運動会=リオのフンシャル移住地=晴天下に百人以上歓声

ニッケイ新聞 2010年7月29日付け

 【フンシャル共同=名波正晴】リオデジャネイロ近郊のリオ州フンシャル移住地で24日、恒例の運動会が行われた。平成の世に入って始まった運動会は今回で21回目。ビール・イッキ飲み競争やムカデ競争、花嫁探しなど多彩な競技に加え、入賞者には鶏卵や洗剤、食用油などが用意された。来年に入植50周年を迎える移住地での「昭和」を色濃く伝える伝統行事には百人以上が参加し、澄み切った青空の下で歓声が響きわたった。

 24日午前9時すぎ、旧南米銀行の名を印刷した小旗が風にはためく中、フンシャル移住地の会館グラウンドで、小松滋文化体育協会長が「運動会は移住地の親睦と駐在員との交流の場。いつまでも続けたい」とあいさつ。
 来賓の鹿田明義リオ州日伯文化体育連盟理事長は「21回の運動会で私は皆勤賞。子供とお年寄りが一緒に楽しめるのは運動会だけだ」と激励した。在リオ日本総領事館からは礒﨑正名、石井靖昭の両領事が出席、礒﨑領事は「明るく楽しく元気な運動会に」と話した。
 日本人学校の教員・児童らも加わった全員ラジオ体操の後に競技がスタート。注目が集まったイッキ飲み競争にはリオ日本人学校の大越邦生校長ら10人が挑んだ。瓶ビール1本を息継ぎする間もなく空けた後に、ゴールまで一気に駆け抜ける過酷な内容で、多くがビール飲みで挫折する中、同校の教員、新井英樹さんが2位に入る健闘ぶり。
 女性部門で1位の東京外大の留学生、佐藤春花さん(22)は「ブラジルのビールは苦くないので飲み干せました」と笑った。
 黒いフェイジョン豆に白色の大豆を混ぜたたらいの中から、箸で白豆だけ取る「マメ拾競争」では、第一次入植者の脇坂チヨさん(68)が優勝し「箸は丸く豆がつるりと落ちがち。これを食い止めるのが勝負どころ」と秘訣を披露した。
 昼食は「フンシャル名物の一家族・一品持ち寄り」(長老・古木三右衛門さん)による数十種類のご馳走で一息ついた後に、1枚2レアルの福引き抽選会。
 30近い賞品がトラクターの荷台に陳列され、1位の鍋セットを獲得したマヌエル・メウキョウさん(65)は「単純なゲームを皆が楽しめるよう細かい点まで行き届いている。これぞ日本文化だ」と感服した様子だった。
 気温がぐんと上がった午後の「ビンつり」で優勝した2世のナカヤマ・ナホミさん(46)は「毎年参加しているけど1位は初めて。まぐれです」とガッツポーズ。
 各組20人近くが3チームに分かれて5分間でゲートボールの得点を競う種目では、2、3位が同点のまま10人近くがサドンデス、最後はVゴールという劇的な幕切れになった。
 最後の種目となった児童だけのバトン・リレー競争はゴール直前まで競り合う大接戦。ブラジルではバトンの慣習がなく、受け渡しにとまどう場面があり「次世代の子にはバトン渡しの特訓が必要」との指摘もあった。
 フンシャルはリオの北東約90キロ。主に炭坑離職者向けに開拓されたリオ州唯一の日本政府の直轄移住地で、1961~63年に計48家族が日本から移住。70年代は養鶏が盛んだったが、現在はグアバ栽培などを中心に24家族、約60人が暮らす。67年には当時、皇太子だった天皇陛下が訪問されたことがある。