ニッケイ新聞 2010年8月5日付け
瀬戸内海を渡る小舟で「黒い雨」を浴びた姪の矢須子は、婚期を迎えるのだが、原爆症の噂が飛び交い叔父の閑間重松とシゲ子夫妻が悩む姿を坦々と描いた井伏鱒二の作品は戦後の名作である。この小説は1965年に「新潮」に連載されたもので初めは「姪の結婚」だったが途中から「黒い雨」と改題し、原爆投下による影響で悲惨な暮らしを強いられる庶民の哀しみを静かな筆致で描く▼黒い雨とは、原爆炸裂の時の泥やほこりを含んだ重油のような粘りがある大粒の雨であり、放射性降下物である。この残留放射性物質を浴びると、頭髪が抜け、歯茎から大量の出血があり急性白血病になったりと、被爆はしなくとも原爆症を起こす怖い病気なのである。あの「エノラ・ゲイ」号が投下した1発の原子爆弾は、広島市民を一瞬にして14万人をも死に追いやった▼あの当時 ―広島の人口は35万人だから、犠牲者14万人がいかに大きいかがわかる。そして、原爆症で死去する人は今も続き21万人超が鬼籍に入ったし、治療を受けながら苦しんでいる人も多い。あれから65年。今年もまた8月6日に原爆死没者慰霊式・平和祈念式(平和記念式典)が開かれる▼しかも、米国を代表してルース駐日米大使が、潘・国連事務総長と共に初めて出席する。歴代の米政府は「原爆投下は戦争を終わらせるために正当だった」の見解だから、大使出席の意義は大きい。我がコロニアでも広島・長崎県人会が7日にレジストロで被爆者を追悼する「平和灯籠流し」を行うそうだし、核兵器廃絶の動きは強く逞しくなっているのは喜ばしい。(遯)