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アドニラン生誕100年=サンパウロ市ルス駅で突如ショー開幕=サンパウロのサンバに親しみ

ニッケイ新聞 2010年8月11日付け

 6日正午にサンパウロ市ルス駅で突如繰り広げられたのは、作曲家アドニラン・バルボーザ(1910―1982)の生誕100周年を祝ったショー。ほんの10分間という短時間、事前に公表されることなく行われたショーだが、インターネット上やEメールで予告を聞きつけて駅のホールに集まった人たちが、偉大な作曲家の生誕を祝った。7日付エスタード紙に掲載された。
 アドニランこと本名ジョアン・ルビナットは、イタリア系移民を両親に持つパウリスタ。イタリア系移民が多く暮らすサンパウロ市内のビシーガ区をこよなく愛し、リオではなくサンパウロを舞台にしたサンバ曲を数多く残したことで知られる。
 1951年にサンパウロの移りゆく町並みを謳った「Saudosa Maloca(懐かしの我が家)」で有名になり、1956年には小説家ジョゼ・デ・アレンカールの作品に影響を受けて作曲されたという「Iracema」が世に出回った。
 特に、1964年に大ヒットした「Trem das Onze(11時の夜汽車)」がアンドリアンの代表作として世界的にも知られている。
 サンパウロ市内のジャサナン駅を舞台に、「最終列車で母親が待つ家へと帰らなくては」と恋人との別れ際を語ったこの曲は、サンパウロを代表するサンバとして定着。同駅で撮影されたこの曲の音楽映像は、今もなお人々に親しまれている。
 ルス駅で行われたショーはサンパウロ市観光局と聖パウリスタ都電公社(CPTM)が後援し、ブラジル芸術研究所が演出。私服姿のバレエダンサー30人がルス駅で突然踊り始め、アドニランの代表作に合わせて歌を披露した。
 ショーの始まりは「Saudosa Maloca」の曲に合わせたもので、出演者の1人が物乞いの格好をして一般客の間に混じって登場し、来場者を驚かせる場面も。観客も参加して賑わいをみせたショーは、「Trem das Onze」で締め括られた。
 ショーを聞きつけ、わざわざ訪れたというジュラシイ・ペドローザさん(69)も、自らショーに参加して楽しんだうちの一人。「ジャサナンに住んでいた昔、アドニランの音楽映像の収録現場を見にいったことがある」と話し、懐かしそうに当時の様子を振り返っていた。