ニッケイ新聞 2010年9月16日付け
仕事といえども、誘われてイベントに参加してしまうことも多い。射撃大会でピストルを握ったり、運動会で玉をころがしたり。色んな世界を覗けるだけでなく、気軽に楽しませてもらえるのもコロニア取材の醍醐味。先日は、短歌の世界も垣間見ることができた▼短歌誌「椰子樹」と本紙が共催する『第62回全伯短歌大会』。取材のペンをときおり、短冊にかきつけ、人生の大先輩方と一緒に頭を捻ったのはなかなかに楽しい経験だった。弊紙による題詠は「春」。心地の良い陽気もあってか、みなさん背すじを伸ばして取り組まれていた▼互選での入賞作ではないが、コラム子の気に入った作品を二つ。「人生の春というものわれになしおぼろな過去をまさぐりたれば」。参加者の8割が戦前のいわゆる子供移民。作者も学校に行けず働き詰めの人生を送ったのだろうか。「春が来て全伯大会に今日一人亡夫と始めた短歌続けむ」。ご夫婦で参加された方もいたが、多くは連れ合いをすでに亡くされている。誰の作品だろう―と思わず会場を見渡した▼「椰子樹」は1938年の創刊。海外で現在も発行される短歌誌としては最古とされる。日本語会話が禁止されたさなかも秘密の歌会を行っていたとか。俳句界と違い、大きな派閥を作ることも勧誘もしない特徴があると聞き、赤い大地に独り立つコロニア歌人のイメージが沸いた▼8、90代の参加者がすらすらと若い感性で筆を走らせるのを横目に、呻吟するばかりの自分に恥じ入った。ブラジル各地に取材で訪れたが、歌の心があれば情景描写などもう少し記事に潤いが出たのかな―と感じた取材だった。(剛)