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アルゼンチン=キルチネル前大統領逝く=経済破綻国再建の功績者=南米諸国は3日間の服喪=国内には不透明感も漂う

ニッケイ新聞 2010年10月29日付け

 2003~07年にアルゼンチンの大統領を務めたネストル・カルロス・キルチネル氏(60)が27日朝、心臓発作を起こし急逝したと28日付伯字紙が報じた。同国が経済的に破綻し、政治的、社会的にも崩壊状態であった時大統領となり、妻のクリスティーナ・フェルナンデス氏にその職を譲った後も実権を握り続けた同氏の死に、国内の先行き不透明感は益々高まりそうだ。

 南米第2位の国土を持つアルゼンチンが同国史上最悪の経済破綻状態にあった時大統領に就任したキルチネル氏は、就任直後に20年以上も昔の軍政時代の圧制の是非を巡って軍部を対決した事や経済再建で民衆から得た高い支持を背景に、2007年選挙では妻を擁立。現クリスティーナ政権でも事実上の大統領といわれる実力者だった。
 1920年代の一人当たりの国内総生産額は日本の約2倍で、首都ブエノスアイレスが〃南米のパリ〃と称された時もある事を知る人々にとり、メネム政権の放漫財政などによる2001年の経済破綻で、預金封鎖や商店の打ち壊し、抗議デモや略奪、道路封鎖などが頻発し、観光客も激減、失業率は21・5%という同国に現れた新大統領に回復の夢をかけるのは当然だった。
 ラプラタ大学卒業後、サンタクルース州リオ・ガレゴス市で弁護士として働き、1987年に同市市長に当選。1991年にサンタクルース州知事に就任後は、8年でインフレと財政赤字、高失業率改善に成功して注目を集め、2003年大統領選に出馬した。
 一次投票ではメネム元大統領の24%を若干下回る22%で2位だったが、直後の調査では反メネム票が集まり、70%という高支持率を記録したため、メナム氏が辞退して大統領に選ばれた。
 01年以降は債務不履行にあえぎ、あらゆる面において崩壊状態だった同国救済のため、国債950億ドル分の債務再編交渉では強引な手口で国外投資家に負担を強い、米国寄りの姿勢からベネスエラのチャベス大統領の同盟国入りなど、強面(こわもて)の交渉者とされたキルチネル氏は、自身の再選が叶わず、後任に妻を擁立したが、妻の任期も含め7年間の統治中に目立つのは、国家権力の拡大。実務型とされていたクリスティーナ氏が、経済や既存機関への政治介入を増し、極めて敵対的な政治環境を生じさせたのは夫君の影響もあるとされている。
 夫の死後一人で国政を切り盛りしなくてはならなくなるクリスティーナ氏には、国民から「元気を出して」「一人じゃないよ」といったメッセージや世界各国からの弔電も届いており、南米諸国は3日間の服喪。
 ルーラ大統領は通夜参加のため28日に同国に赴くが、国内人気に陰りが出ていたとはいえ、来年の大統領選出馬の意向を表明していたキルチネル氏が後継者選びもせぬまま急逝した事で、同国の先行きは霧の中だ。

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