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コラム「記者席」=殺人天国

ニッケイ新聞 2010年12月9日付け

 【らぷらた報知=ブエノスアイレス発】メネム政権時代、メネム大統領と親交のあった実業家アルフレッド・ヤブランは写真嫌いで、「俺の写真を撮るのは俺の頭に銃弾を打ち込むに等しい」と言うのが口癖であった。
 禁止されればされる程、禁止を破りたくなるのが人情であることは、神によって創られた最初の人間アダムとイヴが神から禁止された禁断の木の実を食って神の怒りに触れ楽園から追われた聖書「創世記」時代からの真理である。
 だが、そのヤブランの写真を撮った週刊誌「ノティーシアス」のカメラマン・ホセ・ルイス・カベーサスは、ヤブランの言葉通り警察官上りの、ヤブランの用心棒グスタボ・プレジェーソに誘拐拉致され、頭に銃弾を打ち込まれるという事件があった。
 恐らくヤブランの意を受けてヤブランの言葉を実行したのであろうが、そのため殺人罪で終身刑に処せられた。
 カベーサス殺害を命令した疑いで法の裁きを受ける身となったヤブランは、エントレ・リオス州の別荘で猟銃で自殺した。「俺の写真を撮るのは俺の頭に銃弾を打ち込むに等しい」との言葉通りになったのであるが、写真を撮ったカメラマンも道連れにされ、当時のマスコミを賑わしたものである。
 あれから12年の歳月が流れ、カメラマンを射殺して獄中で終身刑に服していたプレジェーソはこの程、獄中から自宅軟禁に移されラプラタ近郊のロス・オルノスにある彼の父の宅で暮している。
 彼は呼吸器系統の疾患で湿気の多い監獄では持病を重くし生命に関わるという理由で獄外拘禁となったのである。
 写真を撮ったため命を落すことになったカメラマン、カベーサスは馬鹿を見たことになる。
 つまりアルゼンチンの法律では被害者の人権は蹂躙され、加害者の人権が尊重されるという結果を生んでいる。アルゼンチンで殺された者が〃殺され損〃で、殺した者が〃殺し得〃というわけ。
 記者が、強盗に早替わりしたタクシーの運ちゃんを安全ベルトで絞め上げ気絶させたことがあった。あとで殺してしまったのではないか? つまり過剰防衛になりはしないか? と心配になり、知り合いの弁護士に相談したところ、「君は齢は幾つか」と訊いたから「82歳です」と言った。すると「それなら人を殺しても監獄に行かない。自宅軟禁だ。心配するな」と答えた。
 記者は「それなら安心して人殺しできますねえ」と大笑いしたのであるが、「アルゼンチンは殺人天国だなあー」と思った次第である。喜んでいいのか? 悲しんでいいのか?