ニッケイ新聞 2011年1月13日付け
先日「日系連邦下議の過去最高は4人、今後6人時代になる可能性がある」との記事を出したが、この場を借りて訂正したい。昔の新聞をひっくり返していたら、90年10月の選挙で日系史上最高の下議7人誕生との記事に出くわした。この大記録こそがコロニア史に輝く金字塔だろう▼ちなみに当選者は後にルーラの懐刀となる具志堅ルイス、野村丈吾、栗木タダシ、伊波興祐、上野アントニオ(パ州)、荻堂ロメオ(パ州)、滝本ジョルジ(南麻州)など錚々たる7氏だ。後に人気を誇る小林パウロ氏がこの時代には落選の不遇をかこっていたのは興味深い▼この時代は日系コロニアだけで立派に下議を送り出せた時代であり、それに加えて、銀行労組から出た具志堅氏、患者家族から支持された医師・滝本ジョルジ氏らのように非日系から支持された議員も出ていた。それゆえに全人口のうちで日系人が占める割合(0・7%)の2倍、全議員513人中7人(1・4%)を占めるという数字を叩きだした▼90年代後半から日系票が落ち込んで、コロニア支持議員が続々と落選の憂目に遭う。これはデカセギによって日系票自体が大きく減ったことも影響しているし、コロニアの求心力が落ちたとも言われる。これ以降に低迷する中、てっきり4人が最高だと勘違いしていた。もし今回6人になれば最多記録に肉薄する▼小林氏も最初は予備校教師として生徒から絶大な支持を得て当選し、後にコロニアとの親交を深め、最後には日系社会にも尽した政治家となった。たとえ現在、直接に日系票と関係のない候補でも、長い目で見て絆を深めていくことは重要だ。(深)