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リオ大水害=3人死亡、行方不明1人=不眠不休で救援する日系も=「もう少しずれていたら・・・」

ニッケイ新聞 2011年1月19日付け

 【既報関連】「今、軍警のヘリコプターに乗って町を上から見てきたが壊滅状態だ。家はみんな壊され、汚され酷いことになっているけど、グラッサス・ア・デウス、今のところうちの町で誰も日系人の死者はいない」。戦後最悪規模となった今回のリオ大水害で、最大の被災地となったノヴァ・フリブルゴ日伯協会の渡辺求会長(63、二世)は、そう電話口で息を弾ませた。「できる限り救助活動を手伝っている。日系人の家屋の被害は数え切れない。畑をやっている人は特に酷い被害が出ている。人的被害がないことが唯一の救いだ」と緊迫した様子で説明した。

 16日にノヴァ・フリブルゴまで車で現地調査に行ったリオ総領事館の磯崎正名領事は、「現地で話をしましたが、渡辺会長はほとんど不眠不休で率先して救助活動を手伝っている」と賞賛する。
 通常は2時間半ぐらいの道のりが、3時間余りかかった。「土砂崩れがあちこちにあり、路面が崩れて片側車線になっている所が2カ所あり、町の奥の方は車が入れない状態だった」という。
 「ある邦人宅を見ましたが、すぐ横を土石流が通過してたくさんの家屋が崩壊していた。もう少しずれていたら・・・。ほとんど紙一重、運命ですね」としみじみ語った。当時は午後から強い雨が降り始めて危険を感じたため、急きょ3時に調査を切り上げて、リオに戻ったという。
 同館の木村元首席領事も同日、リオ州日伯文化体育連盟の鹿田明義理事長と共にその隣のテレゾポリスを現地調査に行った。同地では17日午後までの情報で、日系人では3人の死亡(▼Natasha Murakami da Costa▼Fabiana de Paula Murakami da Costa▼Marcela Santos Yamamoto)が確認され、行方不明者は一人(Raiane Murakami da Costa)で、死亡したムラカミさんの娘とみられる。ムラカミ家にとってはあまりに悲しい出来事となった。

 鹿田理事長は「これ以上被害者が増えたら困る。そうならないことを祈る」と語気を強めた。「現地の救援センターには寄付された衣服類が山積みになっていた。必要とされる救援物資を送るつもりだ」という。
 すでに同リオ連盟からは飲料水5千本、マスク1千個を被災地の救援物資センターに送った。近隣のボルタ・レドンダ、レゼンデ等の日系団体からも続々とトラックで救援物資が運ばれている。
 サンパウロ市でも、被災地のペトロポリスに縁のあるブラジル岩手県人会では週末の総会で寄付を呼びかけ、666レアルが集まった。同地には初代ブラジル公使館跡があり、リオにはブラジルへの日本移民導入を決定付ける報告書を書いた駐伯日本国第三代公使・杉村濬(ふかし)氏の墓がある。08年の創立50周年の機には母県の知事らと訪問している。県庁関係者や花巻市からお見舞いのメールも届いたという。
 予想以上の大水害となっただけに、別記事のようにコロニア御三家も救援物資の呼びかけを始めており、ブラジル社会に対するコロニアの連帯精神の見せ場となってきたようだ。

リオに救援物資送ろう=御三家が共に呼びかけ

 サンパウロ日伯援護協会(森口イナシオ会長)、ブラジル日本都道府県人会連合会(与儀明雄会長)、ブラジル日本文化福祉協会(木多喜八郎会長)がリオ大水害に対する救援物資の呼びかけを18日から始めた。
 主に飲料水、食料品(ビスケット、パネトーネ、カップラーメンなど即席麺、砂糖、塩、油、小麦粉、米、フェイジョン豆、マカロン等)、衛生用品(マスク、トイレット・ペーパー、ほうきなど掃除用具等)などが現地から求められているという。歯磨き粉、歯ブラシはすでに確保済み。
 22日(土)朝にはリオに向けて発送するため、期限は21日(金)午後5時まで。通常の救援物資を運び込む場所は援協福祉センター(R. Fagundes, 121)の地下、トラック丸ごとなどの場合は日伯友好病院に運んで欲しいとのこと。
 来社した坂和三郎援協副会長は「日系の死者まで出ている。なにかしなければという声が高まり、やることにことになりました」と説明し、県連の与儀会長も「期間が短いが、ぜひ協力してほしい」と呼びかけた。
 詳細問い合わせは援協事務所(11・3274・6484、11・3274・6482)まで。