ニッケイ新聞 2011年1月20日付け
「キレイでしょ、この眺め!」。パラナ州ウライ市長の市村之さん(すすむ、92、新潟県中浦原郡)は見渡す限り続くパラグアイの大豆畑を指差しながら、念を押すようにそう繰り返した。「仏さんが加勢してくれるからこんなに綺麗にできる」。戦後、世界一のラミー王として有名になり、その後パラナ州1のコーヒー農場主になり、現在は世界最高齢の現役市長(5期目、PSDB)の一人としても知られる。16日にパラグアイの市村農場で、その生涯の一端を聞いてみた。
市村さんが渡伯したのは2歳の時、1920年だ。多くの移民と同じく裸一貫でモジアナ線の耕地に配耕され、2年のコロノ生活を経て各地で契約農をし、「土地の良さに惹かれ」て38年にまったくの原始林だったウライに入植した。
同市創立が36年だからわずか2年後、まさに開拓の先駆者だ。戦後50年代、一時は4500ヘクタールもラミーを植え付け、世界一の〃ラミー王〃といわれたこともあった。カフェ景気の60年代には1万5千人の労働者を使ったこともあるという。「パラナでは宮本さんか自分かと言われたぐらい大きかった」と振り返る。
「父は頭のいい人だったが酒飲みだった」。市村さんが29歳の時、父は60歳で死んだ。父が残した200ヘクタールの畑は今ではパラナ州に1750ヘクタール、ブラジル境から130キロ入ったパラグアイ側に1万ヘクタールと広がった。「父の代わりに兄弟を学校にやって金持ちした。だから僕は全然学校には行っていない。でも子供は全員大学出してる」。
25年前にパラグアイに1万ヘクタールものテーラロッシャの原始林を買った。ミナス州では地質が気に入らなかったし、マット・グロッソ州は「遠い」ので、このパラグアイを選んだ。市村さんと一緒に飛行機で上空から土地の選定をした果実専門家の間嶋正典さん(まさすけ、78、同西浦原郡)は「地上に降りて地質検査すると、10年間は肥料をやらなくても大丈夫な土壌だと分かり、それで市村さんは買うことを決めた」と思い出す。
母屋の前には7台の巨大な収穫機が並んでいる。最新機は1台30万ドルもするという。来月末の収獲時には運転手を連れてきて真夜中でもライトを照らして作業する。予想収穫量は25万俵(1500万キロ)。その後には小麦とトウモロコシを作付けする予定だ。敷地内に豚も1千頭飼っている。
開拓当初はここで牛を1万頭飼育していたが、試行錯誤の結果、大豆になった。かつて伯パ両側合わせて1万8千頭もいたことがあった。最近、ブラジル側の農場にラランジャを1250ヘクタール植えている。「ミカンは大豆の20倍の利益がでる」と強調する。市場を先読みしてどんどん変えていく。
「綺麗な大豆畑見ると気持ち良いよね。みんな暮らせるし、いい機械買えるし、こうやって美味しいもの食べてみんなで楽しめる。それだけで充分、自分の懐だけ肥やしちゃダメ」と言い聞かせるように言う。
その気持ちで政治にも取り組む。最初は63年、2期目は72年、3期目は96年、4期目は05年、現在は09年からで任期を終える時には94歳だ。財政状態を改善して任期を終えるが、すぐに悪化するので「また市村を市長に」との声が高まり、「担ぎ出される」という。
「来年は一族引き連れて新潟を訪問したい」と語り、故郷に錦を飾って健在振りを示すつもりだと笑顔を見せた。