ニッケイ新聞 2011年2月24日付け
日本の雑誌やニュースで、列島各地の名所、美味の記事に触れるたび、いつかの訪日のためにメモにつけたり、切り取ったり。四季によって楽しみ方が変わるので、滞在期間を考え、厳選して攻め込まねばならない。今回果たした帰国が真冬で最初の晩が大阪。リストを探るでもなく、心は決まっていた▼池波正太郎や開高健、吉田健一ら文豪が食のエッセイなどで褒め称える老舗のおでん屋『たこ梅』だ。たこの甘露煮、さえずり(鯨の舌)やコロ(鯨の皮)などの看板ネタはもちろん、ぎんなんや牡蛎など季節物が目当て。舌なめずりしながら寒風吹きすさぶなか、地下鉄ふた駅歩いて、さんざん体を冷やして暖簾をくぐった。熱燗を五臓六腑に染み渡らせるためだ▼この店のお猪口は、三杯で一合の量で二重構造の錫器。いつまでも熱々というが、この量ではすぐにこれまたにぶく光る錫器のとっくりに手が伸びる。調べてみると、錫器は大阪、京都、鹿児島などで伝統的に製造されている。一説によれば、錫を日本に伝えたのは、遣隋使、遣唐使らだとか。宮中でも珍重され、茶器や花器にも用いられてきた▼イオン効果が味をまろやかにするともいうのだが、数年ぶりの雪もちらつく日本の冬、サラリーマンとひじ付き合い、おでん鍋から立ち上る湯気のなかの一献が不味かろうはずがない▼離日の際、偶然にも大阪の友人が「カイピリーニャでも飲んで」と錫のコップを贈ってくれた。目を丸くして押し頂いたのだが、美酒佳肴を鯨飲馬食の日々を改め、目下禁酒中。カーニバル明けを目処に、冷やすと美味いカシャーサでも探しにいこうか。(剛)