ブラジル進出40年を超えるパナソニックが2月末、新工場の設立を始めた。サンジョゼ・ドス・カンポス、マナウス工場に続き、第3の工場としてミナス・ジェライス州エストレマ市に冷蔵庫、洗濯機の生産工場の建設に取り掛かり、新工場完成予定の来年末からブラジル白物家電市場に本格参入する。ハイパーインフレ時代を乗り越え、パナソニック・ド・ブラジルの松田雅信社長は「新しい1ページを作る」と拡大する市場でのシェア獲得を目指す。
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「5年かかった」—
2月末の新工場起工式の日、松田雅信パナソニック・ド・ブラジル社長(当時)はそう喜びを噛みしめていた。
拡大する中間層の旺盛な購買力でビジネスチャンスが広がったブラジル。しかし、高い輸入税等の関係で輸出のみではシェアの獲得は難しい。
「現地生産しないと商売にならないので、日本で持っている商品ラインをいかにブラジルにもってくるかが僕等の仕事」と松田社長。
以前まで低かった日本側からのブラジルの認知も「注目度は上がっている」といい、結果を出すことでの今後の投資にも期待を表す。
しかし、現在ブラジル現地法人はパナソニックグループの中でも非常に小さく、全体の1パーセントに満たない構成であるのが現状だ。
「今のブラジルのGDPに見合った数にするためには少なくとも1パーセントを超えていかないといけない。それに向けての一歩がこの工場建設」
既にエレクトロラックス、ヴァールプール、マベ社など大手企業の寡占状態である白物家電市場。輸入ベースであった韓国のLG社も工場建設を始めている中、「実力として初めからできるか分からないが、C、Dクラスをカバーでき、全ての家庭に持っていく商品を作る。戦いはこれから」と強調する。
第2次外資の投資ブーム期の1967年にブラジル事務所を開設したパナソニック・ド・ブラジルは、70年にはサンジョゼ工場で電池の生産を始め、77年に委託で始めたマナウス工場で音楽機器、テレビ、カメラを生産している。
同社の篠原一宇副社長によれば、ハイパーインフレ時代の中でも「撤退は考えなかった」という。
多くの日本企業の撤退を見ながらもチャンスを窺い続けたパナソニック・ド・ブラジル。松田社長は「ブラジルでも苦労したが、これから新しい1ページを作りたい」と笑顔を見せる。白物家電への本格参入で新たな事業展開を目指す。(つづく、宇野秀郎記者)
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