ニッケイ新聞 2011年6月25日付け
「国二つ背負いひたすら耕せり」(新井知里、2011年NHK大会特選)など数々の賞に輝いてきた句を集め、夫・均さんの随筆集とあわせて一冊の本にして金婚の祝いで出版——という晴れやかな著書『国二つ背負いて』(トッパン・プレス)がこの度刊行された。
渡伯直前に結婚し、61年2月に均さん、10月に知里さんが海を渡ってから半世紀が過ぎた。「同じお金を使うなら、金婚式のパーティの代わりに本を出版することにしました」。知里さんはそう動機を説明する。
長野県人会長も務めた均さんが〃聖書〃と崇めて愛読するのは、高校の先輩にして今も親交の深い、元朝日新聞記者の本田勝一さんの著書だ。本田さんの先導により、新井さんが属した山岳会が、地方の小団体としては日本で初めてヒマラヤ遠征を成功させた。「これらの時期に、うちに燃え上がった炎が、私の渡伯の動機の母胎となっていることは否定できない」とあり、随筆からは当時の熱い思いが伺われる。
知里さんの句集部分では、96年の宮中歌会始の議で選歌に選ばれた「しその苗抱いて帰りて水やれば日本がそこに舞ひ降りてくる」を先頭に、故郷で体調が急変した母親の元に駆けつけた92年の作品集に続く。「早朝の国際電話突然に父の鳴き声耳朶に響きぬ」から「亡骸(なきがら)が来ぬ間に玄関ひらきたる母の魂一人で帰る」に。さらに「風花に悲しみ託し帰伯せし母逝きし故郷父は手を振る」と物語のように句が進む。
250部印刷し、お世話になった人に配布しているという。知里さんは「夫婦で本を作ったら味が出るかなって」とテレ笑いした。