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盛り上がるクリチーバ日系=50年の歩みふり返る=パラナ州=台頭する若者の芸能集団=龍千多さん門下生中軸に=第1回

ニッケイ新聞 2011年7月19日付け

 1961年に開始し、記念すべき節目の第50回を迎えた民族芸能祭は、盛り上がるクリチーバ日系社会を感じさせる公演となった。パラナ州都で各民族が夜ごとにそれぞれの芸能を披露しあってその質や観客数を競うこの芸能祭の日本グループ公演(クリチーバ文化福祉協会=石井ジョージ会長)が14日夜、グアイーラ劇場大講堂で盛大に行なわれ、ほぼ満員の2千人が客席を埋め尽くし、舞台の熱気に応えた。花柳龍千多さんが指導する伝統的な文協舞踊部の出し物9曲を中軸に、和太鼓やYOSAKOIソーラン、琉球国祭り太鼓など若者の芸能の充実度も高まり、それらが相まって年々活気が増している。ここまで盛り上がるに至った日系活動の軌跡を追ってみた。

 まずは桜をイメージした花輪の飾りを背景に、文協舞踊部の婦人らが華やかな舞踊「元禄花見踊り」を披露し、続いて今年で出場4回目となる琉球国祭り太鼓クリチーバ支部(丸尾健爾、まるお・けんじ支部長)の約50人が「ちばりよ」(がんばって)を叩いた。これは東日本大震災への応援歌として選ばれた。
 さらに若者中心の若葉太鼓は、7月末に開催される全伯大会優勝に向けて練習を重ねてきており、毎年レベルを上げている。第二部最初の演目「シリウス」では「がんばれ、日本!」との全員の掛け声が随所に入り、震災復興支援の想いが奏でられた。練習の成果を存分に発揮し、横笛と一体化した演奏を繰り広げた。
 若葉YOSAKOIソーランの若者も舞台狭しと飛び回りながら「記憶」と「大和心」の2曲を披露した。
 創立47年目を迎えた生長の家同支部合唱部も笹谷宏一さんの指揮の下、高い団結力を見せて「太陽がくれた季節」を、仲間に受け入れられることの喜びを表現する子供の寸劇付きで見せた。
 途中、サンパウロ市から駆けつけた丹下セツ子さんが貫禄の黒田節を披露し、最後は出演者230人が総出の終幕となった。琉球国祭り太鼓メンバーは客席通路で叩きながら踊り、賑やかに大団円を迎え、拍手喝采に包まれた。
 観客の田添照男さん(たぞえ・てるお、73、バストス出身二世)は「御婦人達の日本舞踊は何度観ても素敵だ。でも沖縄の太鼓が元気あって良かった」と感動覚めやら様子でのべた。ルイス・フェルナンド・カプリンさん(40)は「私のような非日系にとってもこのような日本文化に接する機会はとても重要だ。当地にも日本文化を支える新しい世代が誕生しつつあることを祝福したい」と語った。
 日本グループの副コーディネーターの久保マリさんも「毎年良くなってきている」と実感している。総合コーディネーターの大島裕一さんは、「客の数は今までで今日が一番多かった。総合成績は昨年が7番だったが、今年は一昨年の3番を越える成績が狙えるかも。ふたを開けてみないと分からないが」と手応えを感じているようだった。例年スペインが一番人気で、ついでウクラニアなどが上位に食い込んでいるという。
 パラナ州独自の世代交代のあり方を州都で探ってみた。(続く、深沢正雪記者)

写真=後に総出で終幕するみなさん(中央が石井会長、その右が花柳龍千多さん、左が丹下セツ子さん)(上)/2000席を埋めた観客の様子