ニッケイ新聞 2011年11月2日付け
熊本県のコーヒー専門店が豆を入れる麻袋を再利用したボウシを販売、なかなか好評—と週刊新潮(10月27日号)に書いていた。「通気性がよく、型崩れしない」のがウリ。南米のロゴが若者に人気らしいが、その生産に日本人が関わったことを知れば、シャッポを脱ぐのではないか▼戦前、サンパウロ、パラナではカフェを大生産。輸出するための袋には麻が最適だった。倉庫や船倉に積むによく、蒸れないからだ。しかし当時は国内で麻が採れなかったため、インドからの輸入に頼り、外貨流出が激しかった。尾山良太らによるアマゾンで生産可能なジュート種の発見は「福音」として国内に響いた▼アマゾン全域で生産を指導、流通に大活躍したのは高拓生。1941年には生産量1千トンを超えた。製麻工場の建設も決まり、48年には2万トンで袋4千万枚の生産と試算。しかし、42年の国交断絶で資産が没収され、高拓生らは四散、12年の苦労はアマゾンの藻屑と消えた▼だがジュートは生産され続けた。「理想郷」建設の夢とともに、アマゾンに産業を興した歴史が忘れ去られつつあった先月25日、アマゾニア州議会で正式に謝罪がなされ、州立校での教育が義務付けられた▼この〃日本人の歴史〃を日本のメディアもボウシも伝えない。しかしアマゾンで語り継がれていくことを祈りたい。「苦労したけど報われた」—。元高拓生の東海林善之進さんは本紙の取材に誇らしげに答えた。高拓生248人のうち、ほぼ全員が鬼籍に入った。紙面を通した報告でその開拓魂に敬意を表し、冥福を祈りたい。今日はお盆にあたる「死者の日」—。(剛)