ニッケイ新聞 2011年11月5日付け
明治の初めに「郵便報知」という新聞があった。5大新聞の一つであり、東京で一番売れ後年 首相にもなった犬養毅と原敬や雄弁家・尾崎行雄らが記者とし活躍し、女性記者第1号の羽仁もと子もペンを走らせている。と、話題が豊かなのだが、「論説」のタイトルで「社説」を掲げたのも、この新聞であり、明治7年5月の1回目のテーマは—なんと「トイレ」の話をわかりやすく懇切丁寧に記しているのが、とても愉快だし面白い▼遯も原文を読んだわけではないし、さる本での抜粋を目にしただけなのだが、あの古来からの「汲みり式」について「便所は衛生的に管理し、悪臭をまきちらさかないようにしなければならない」と真面目に説く。そして汲み取りに使うヒシャクを道路に干したりするのはとんでもないことだと厳しく叱る。加えて—汲み取りは業者に委託し、夜間に行いたい—と忠告しているのだから親切極まりない▼勿論、これは東京での記事であり、田舎では汲み取りも自分たちでやるし、遯も高校生の頃にはヒシャクで汲み取り畑の「肥え担桶」まで天秤棒で担いだものである。あれは慣れないと二つの桶のバランスが崩れれ落ちて困るけれども、すぐに慣れて鼻歌まじりで行き交う村人とニッコリ笑いながらの気楽な作業だったし、夏なので近くの大きな川で汗流しの泳ぎが楽しみだった▼そんな日本も今や「温水洗浄便座」とかの新兵器が全盛となったが、先輩移民らもコロノ暮しのときには、「トイレ」で泣いたのだし、あの「厠」の伝承を受け継ぐ自然派のWCにも時には目を向け沈思黙考し合掌するの心配りがほしい。(遯)