ニッケイ新聞 2011年11月26日付け
「いくつかの高級日本食レストランを訪ねてみましたが、〃環太平洋料理〃という感じを受けましたね」——かの有名な「ホテル・オークラ」で、わずか30歳にして料理長に抜擢された原靖さん(やすし、57、東京都)を、今月から正式に着任したサンパウロ市のレストラン「雅」に訪ねると、歯切れのいい言葉が次々に飛び出した。厳しい修業に耐えて日本料理界の本場でその名を轟かせてきただけに、日本料理の何たるかを語らせ、包丁を握らせたら人後に落ちない。ブラジルでは日本食ブームと言われて久しく、数年ほど日本食店で働いただけの調理法の基礎もしらない自称〃スシメン〃や料理人がたくさんいると言われている。本場の厳しい目で、当地の日本食をまな板にのせてバッサリ〃斬って〃もらった。
「日本料理の看板を出している以上、ちゃんとした日本料理を出すべき。崩すのは簡単。日本の味を伝えることにこだわりたい」。本場の修業を経てきた経験が言わせる重みのある一言だ。
「私はエリートじゃない」。開口一番、原さんは拓植大学中退という経歴を出し、そう謙遜する。「さっそく拓大OB会に入りました。先輩や同級生がいますから」。通常は中卒、高卒者がたたき上げの〃エリート〃として君臨する料理界において、原さんは20歳で宴会結婚式場として有名な「東京會舘」に入り、この道に足を踏み入れた。
25歳でオークラに移り、先輩諸氏を追い抜いて30歳の時には料理長に抜擢された。32歳から12年間は韓国、米国、オランダ、中国の系列レストランに籍を置き、近隣諸国計11カ国の店舗の指導にも当たった。「南米は今回初めて」というが、すでに海外における日本食のエキスパートでもある。
様子見期間の間に、当地の高級日本食レストランを見て回った。「見た目は日本料理風だが、通常日本人が食べないものが寿司に巻かれていたり、天ぷらに揚げられていたりする。あれは環太平洋料理ですね」。
これは英語で「パシフィックリム・キュイジーヌ」と言われるもので、仏料理などの欧州料理の手法を用いて、太平洋に面した地域の素材や香辛料を使った料理のこと。食材は日本料理風だが、調理法に洋風の影響が強いのが、当地日本食の特徴だという。
原さんは「何人もの常連さんに『日本料理は日本料理、絶対に崩さないで』と言われた」と頷く。以前のメニューの変更が間に合わないため、「本日のお薦め」20品ほどを一枚の別紙に書き、その日に手に入った最良の素材を使った自信の品を出す。
当地では日本の本格修業を経た板前は実に少ない。まして一流店の料理長までした人材はごく稀だ。原さんは「僕は1、2年じゃ帰りませんよ。厨房のみんなに日本食の何たるかをしっかりと教えたい」と意気込んだ。