新年特集号
ニッケイ新聞 2012年1月1日付け
ポルトガル系子孫であるマルレーニさんの夫、オズワルドさんは、99年に亡くなった長男ミゲルさんが数人の家族の名前を残していたことから、それをもとに政人氏の人生について調査を開始した。「妻がいつも次世代に政人さんの人生を伝えたいと願っていたから」ときっかけを語る。
政人氏の後にブラジルに移住した2人の弟の家庭にも連絡を取り、聞き取りや残された文書を頼りに情報を収集していったという。調査によって少しずつ政人氏の人生を掴んでいった。沖縄の両親や兄弟、出身地うるま市やブラジルでの足取り、住んだ町の風景などをまとめて、一枚のDVDにした。
当日は方々から集めた現存する貴重な写真を数十枚持参していた。
「政人氏は移民の中でも変わった人生を送った。常に前向きで決して現状に甘んじず、色々な選択肢を求めて挑戦を繰り返した人」と語った。
マルレーニさんは「私は非日系人と結婚したし、沖縄県人会に関わっているわけでもないんだけど」と前置きしながら、「祖父は日本を捨てたわけじゃない。子孫には 日本語を学んでほしかったし、大切にしたかったはず」と力を込める。
政人氏は音楽が好きで、三線を弾いたり、それに合わせて歌うことも好きだったと息子のフランシスコさん。全員での写真撮影の後でマルレーニさんは、「今日は本当に嬉しい。家族の絆を継続するため、先祖を忘れないために、次に続けていきたい」と満面の笑顔を見せた。