SA市長の誘拐殺害から10年=有罪判決はたった1人=謎の死遂げた関係者も=政治事件追求の難しさ露呈
ニッケイ新聞 2012年1月19日付け
労働者党(PT)ルーラ前大統領の選挙参謀を務め、入閣も確実視されていた大サンパウロ市圏サントアンドレのセウソ・ダニエル市長殺害事件から丸10年過ぎ、時効の危機に直面しているとバンジサイト(www.band.com.br)が連日報じている。
2002年1月18日に起きた事件は、企業家のセルジオ・ゴメス・ダ・シウヴァ氏(通称ソンブラ)と共にレストランを出た元市長が、2台の車に襲われて誘拐された上、拷問後に射殺されたというものだ。
この事件は、市警が一般的な誘拐殺人事件と判断したが、遺族の要請を受けた検察が政治事件として再捜査。捜査線上には著名な政治家の名前も出てきたが、陪審裁判は遅々として進まず、実行犯の1人が18年の刑を言い渡されたのみだ。
16、18日付バンジサイトによればこの件は時効となる可能性もあるようだが、実際には、事件当時横行していた汚職によって市が被った損害額すら明確になっておらず、度重なる脅迫を受けてフランスに亡命した元市長の弟は6年を経て帰国。バイアに住む兄も司法の対応の遅さへの不満をあらわにしている。
ダニエル氏は1997年から2002年1月18日まで市長を務め、02年大統領選ではルーラ氏の選挙参謀として資金調達などを担当。PT政権での入閣は当然視されていた。
ところが当時、サントアンドレ市では公共交通関連企業への袖の下請求などが横行。市長の友人で警備担当でもあったソンブラは立場を利用して賄賂を要求した1人で、2000年の選挙ではダニエル氏当選後はロタソン合法化を約束し、麻薬密売者から150万レアルを受けとったという。
ソンブラの動きは元市長のあずかり知らぬところだったが、市の予算の一部や袖の下などが選挙資金の一部としてPTに送られていた事や市政関係者が着服との声を耳にした元市長は、汚職体制を告発しようとした矢先に殺害された。検察は、長時間にわたる拷問の跡は告発のための文書のありかを突き止めようとしたためと見ている。
また、少なくとも120万レアルをジルセウ氏に渡したと遺族の前で言い、不正な金の一部が当時のジョゼ・ジルセウPT党首の懐に入っていた可能性を口にしたのは、市長の右腕だったジウベルト・カルヴァーリョ補佐官(ルーラ政権の大統領秘書室長、現大統領府総務長官)だ。ジルセウ氏に横流しされた市の予算は530万レアルともいわれている。
02〜05年にはレストランのボーイや鑑定医など、事件に関係した人物7人(一説では15人)が謎の死も遂げた事件の裁判は2010年11月18日。元市長を監禁所に連行した男は逃亡中にも関わらず18年の実刑判決を受けたが、首謀者とされるソンブラらの裁判は遅れ、政治家の訴追はなしといった実態が政治事件追求の難しさを露呈している。(続)