ホーム | 連載 | 2012年 | イペランジャホームで誤診?=善処か手遅れまで放置か | (上)=対応に憤る徳永さん=「足が真っ黒になった」

(上)=対応に憤る徳永さん=「足が真っ黒になった」

ニッケイ新聞 2012年3月22日付け

 「誰かの責任を問いたいわけではない。ただ手遅れの状態まで放っておかれたのが悔しい」—。そう無念そうに語るのは、徳永典子さん(62、福岡)=サンベルナルド・ド・カンポ在住=。サンパウロ日伯援護協会が経営するスザノ・イペランジャホーム(岩原勝一経営委員長、根塚弘ホーム長)に入居していた母、丸山ナツさん(享年87)が2月3日早朝、血栓症による虚血を原因とする「壊疽」(体組織の腐敗に特徴付けられる壊死の合併症)で亡くなった。真っ黒になった右足は、亡くなる直前に切断。左足は黄疸ができた状態だった。入居したのは2010年末。「定期的に医師が診察するにも関わらず、どうしてこんなになるまで放っておいたのか」と憤る。根塚ホーム長、医師、看護婦にぶつけると、両側の発言は食い違う。果たして真相はどこにあるのか——。(田中詩穂記者)

 徳永さんによれば、1昨年12月末に同ホームに入居した当時、ナツさんは普通に歩いていたが、入居前に一緒に住んでいた姉夫婦の家で、たまに足の痛みを訴えていたという。
 入居時はホームの看護婦の指示もあり、歩行器を持参した。
 週に1度、同ホームで入居者を診察する老人科の花城イヴァン医師(43、三世)は、かつてスザノの病院で喘息のナツさんを診察したことがあったという。
 徳永さんによればホームに入居前、同医師に「痛風」と診断され、薬を服用するようになった。
 ナツさんの入居後、週1度はホームを訪れていた徳永さんによれば、亡くなる約3カ月前から足の痛みを訴え始め、同医師の指示で注射が処方され、それを打つと痛みが引いていたという。
 病院に移される約1週間前、「足が黒くなっている」と看護婦が足を徳永さんに見せようとしたが、ナツさんが嫌がり見ることはできなかった。
 「痛がるので無理に靴下を脱がせなかった。あくまで痛風だと思っていた」。そのとき、くるぶしから上が黒ずんでいたのが見えたという。
 1月24日。「ナツさんが痛がって夜中叫び続けた」と看護婦から聞いた徳永さんは「病院へ」との指示を受け、ひざのレントゲンを撮った。ホームに戻ってからは看護婦の指示で足を温めた。
 翌朝、「もう片方の足も黒くなっているので、病院に連れて行ってほしい」との連絡を受け、連れて行ったモジ市内の病院の診断は「動脈血栓症」。右足が真っ黒になり、左足も黒ずんで黄疸がでており、即入院となった。
 「あまりに痛がって検査もできず、2回目のモルヒネで効いた状態」(徳永さん)
 担当医は「自分は責任を取れない。こんな状態になるまで放っておいたホームの医者や家族を訴える」と怒りを露わにし、驚きのあまり写真も撮っていたという。
 「緊急時以外は付き添わないと言われ、ホームからは誰も来てくれず私ひとりだったので、医者にそう言われても状況を説明できなかった。それで余計に担当医が怒った。『たった数日でここまで黒くなるわけがない』とその場にいた医者らは皆言っていた」(つづく)

写真=真っ黒になったナツさんの右足(1月25日、モジの病院で。徳永典子さん提供)/右足の裏