ニッケイ新聞 2012年3月27日付け
■欧州に地理的にも近いノルデスチ
【岸和田】=地理的にも近いんです。レアル・プランになって経済が良くなって以降、レアルの力も強くなって、今まで外国なんて行ったことないノルデスチ(北東伯)の人たちが行くようになった。1990年代の終わり以降ですよ。レシフェ—リスボンの直行便は昔からあって、明らかにノルデスチから行く人達の層は、サンパウロからリスボンに行く人達とはかなり違う。国内の飛行機にも乗ったことないような人達が、いきなりリスボン行きにのっちゃうわけです。
【深沢】=ほお〜。
【岸和田】=お金がある程度あったり、プレスタサン(月賦払い)で払えるようになると、言葉がとりあえず通じるから「じゃあリスボンでもいくか」っていって、ペルナンブコの田舎の人達が行くわけですよ。
【深沢】=なるほどね。
【岸和田】=だからトイレの使い方知らないから、ブラジル式に拭いて紙をどこに捨てようかって、捨てる場所がないから下にポンと捨てるわけですよ。
【深沢】=飛行機の中で?
【岸和田】=飛行機の中で。それ見たら逆に感激したんですよ。
【深沢】=ははは。
【岸和田】=田舎のバスとおんなじだって。そんなこと起こるのは、さすがにね、サンパウロとリスボンの間はそんなこと起きないですよ。やっぱりレシーフェ—リスボン。最近です。
【深沢】=近いんですよね。
【岸和田】=ノルデスチ(レシーフェ)からだったら7時間ですから。ちなみにノルデスチからサンパウロまでだったら3時間です。つまりレシーフェ—サンパウロ。レシーフェ—ブエノス・アイレスとレシーフェ—リスボンとあんまり変わらないですよ。だから皆行く。そうしていった人達が観光で行く人もいるし、仕事をする人もいる。
■ポルトガルのポ語との違い
【深沢】=関西弁と共通語みたいなもので、ブラジルのポルトガル語とポルトガルのそれは、多少違うわけですよね。
【岸和田】=映画だと吹き替えされるぐらい違います。ブラジルのポルトガル語からポルトガルのそれに吹き替える。
【小林】=字幕が出てる。
【深沢】=本当ですか。
【岸和田】=ポルトガルの映画で、マノエル・デ・オリヴェイラ監督のすごい難しいのがあります。ポルトガル領アフリカでの植民地主義戦争を描いたもので、あれも字幕付きでした。それから1974年のカーネーション革命をドキュメンタリータッチで描いた、ポルトガルの10年くらい前の映画があったんですよ。(マリア・デ・メデイロス監督の「四月の大尉たち」2000年)
それがブラジルでも話題になって放映されたわけ。
私はビデオで見たんですけど、ポルトガルのポルトガル語で喋っているので字幕はブラジルのポルトガル語で出る。
簡単なイメージとしては、イギリス映画をアメリカで上映するのに字幕がつくようなイメージですよ。でもこれあったほうが便利だなと思いましたよ。
【小林】=僕も最初にポルトガルに行った時、苦労しました。
【深沢】=へえ〜。
【岸和田】=この人(=小林さん)はポルトガル語の達人ですからね。それでもやっぱり「わかんない」ってことは起こるわけですよ。
【小林】=母音がね、ポルトガル語の母音はかなり弱く発音されます。
【岸和田】=口を閉じて閉母音っていう感じですね。
【小林】=ペレイラさんっているでしょ。
【深沢】=ええ。
【小林】=ポルトガルだとね、「プレイラ」。
【岸和田】=ペがプになる。Eは発音しない。
【小林】=リスボンで政府の人と話をしている時、オプレッサン、オプレッサンっていうんですよ。「抑圧してる? 何を抑圧してるんだ」って思ってたんですよ。それはね「オペラサン」(作戦)だった。
【深沢】=ああ〜。
【小林】=オペレーション。オペレーションがオプレッサンになってた。
【深沢】=ははは。
【小林】=うちに秘書がいたんですよ。テルマさんというんですけど、テルマ・ピーレスさんですね。いつもテルマ・ピーレスっていうと怒ってね、「違う。テルマ・プーレス。小林サン、いつになったら覚えるんですか」って。
【全員】=はははは(笑)。
【小林】=母音がとれちゃうんですね。日本人はやっぱり母音は「あいう」だから、多分ブラジルの方が分かりやすい。
【岸和田】=ローマ字式で読めば何とかなりますから。ポルトガルのポルトガル語はそれをちょっと調整しなきゃいけない。(つづく)
写真=レシーフェ旧中心地、昔の証券取引所(写真提供=岸和田仁さん)