ニッケイ新聞 2012年4月27日付け
「オランブラⅡ」で生産されている農産物としてはトウモロコシ、小麦、豆、綿花、大豆などの穀物が最も多く、中でも綿花はサンパウロ州で生産されているうちの50%の収穫量を誇る。
果樹栽培もそれに次いでさかんで、今はゴイアバと柿のみだが最も多いのが桃。その他スモモ、ネクタリーナ、リンゴなどが栽培されており、各地のスーパーに直接卸している。花も栽培されているが割合はわずかだ。
各組合員はそれぞれ広い農地を所有して生産活動を行っている。「そうじゃないとやっていけないからね。果物の生産地としては、州では最大級だと思う」とピーターさんは胸を張る。
全伯には聖、パラナ、南大河各州に6つのオランダ移住地があり、毎年7月に相互交流を行っているという。コロニアには約400人のオランダ人子孫がいるが、「メスチッソも多い。子供達は誰も私の後を継がなかったよ」と笑う。
オランダ文化を子孫に継承したい思いがあるかと問うと「個人的にはオランダ語を必ずしも勉強すべきとは思わない。むしろ外国語として必要なのは英語やスペイン語でしょう」。
コロニアの歴史をみても、「おそらく、今までそういうことを子孫に強制したことは一度もないと思うね」と、ブラジル社会へ融合することの重要性を強調する。
「オランブラⅡ」では移住地を見学する観光ツアーを提供する会社もあり、ピーターさんは役員として活動している。国内外から多くの観光客を迎える毎日だ。
昼食後は別の花園を見学し、休憩所で一休みした後、一行は宿泊先のホテルがあるアバレーへと向かった。到着後は最後の夕食、手品の余興を楽しんで一日を終えた。
◎
最終日の4月3日。この日も朝から日差しが降り注ぐ。一行が宿泊したのはアバレーではレジャーホテルとして有名な「ホテル・ペニンスラ」。緑が多く、部屋にはバルコニーがありプールやサウナ、スポーツコートなどの設備が充実している。
朝早く起きた一行はミニ・ゴルフや乗馬などのレクリエーションをしたり、集まって談話するなど、爽やかな空気の中最後のひと時を楽しんだ。
齊藤利治さん(71、二世)はふるさと巡りの常連だ。「バウルーがよかったね。私はあそこに生まれたから」と旅を振り返る。親が福岡出身で、「福岡県人会はバウルーに最初にできたんですよ」と語る。
齊藤さんは2歳で引越したが、妹は長く住んでいたという。「親戚やドアルチーナの学校に通っていた時代の同級生にも会えた。私たち福岡県系人のグループが一番盛り上がったんじゃないかな」と満足した様子。
昼食をとった後、午後1時半頃、一行は大きな荷物を抱えサンパウロに向けて出発した。
約3時間後、ほぼ予定通りにリベルダーデ広場に無事に到着。「また会いましょうね」と口々に声を掛け合いながら、一行は解散した。(終わり、田中詩穂記者)