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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2012年6月1日付け

 「いまから麻酔をしますからね」という日本語が、クリニカス病院に入院して肺の一部を切除する手術が始まる直前に聞いた最後の言葉だった。偶然に麻酔医が日系女性で、しかも日語が達者だった。「こんなことは日系人が多いサンパウロ市以外ではまずありえないな」と感心しつつ意識を失った▼手術後、気がついた時にはUTI(救急治療室)に寝かされ、わき腹に2本の管が差し込まれていた。昼も夜も煌々と照明が点き壁に時計もない。1時間ごとに看護婦が来て検温、点滴などをしていったが時間感覚が完全に麻痺していた。今は昼なのか夜なのか▼「朝ご飯を食べてない」と看護婦に強烈にレクラマしたことは覚えているが、それが朝だったかすら定かではない。今思えばあれが錯乱状態なのかと思い当たる。そんなときにレクラマするのが食べ物という自分の品性の下劣さに、今更ながら呆れるばかり▼金曜午前に手術し、月曜晩に一般病棟に移された。火曜に廊下をリハビリで歩いていたら主治医に呼び止められ、ニコニコ顔で「もう家に帰りたいか?」と訊かれた。退院は通常1週間後と聞いていた。まさか手術から4日目ではありえないと考え、「できるものなら帰りたい」と冗談半分で応えたら「じゃあ今晩ね」といわれて唖然▼翌朝、妻が同病院の薬局に鎮痛剤をもらいに行くと、窓口で「この薬は在庫切れ」とあっさり。担当医師に相談すると平然と「この薬がないと痛すぎて呼吸困難になる」と恐ろしいことを言い、「でも切らした薬局が悪い」と他人事。いくら同病院の外科医が南米最高レベルでも、職員皆がそうとは限らない、と文字通り〃痛感〃。(深)