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第1回=醤油、牛丼、日本酒の雄に=市場開拓現場の声を聞く

ニッケイ新聞 2012年6月14日付け

 日本食ブームと言われて久しい。高級なものからテマケリアといった手軽なものまで広がり、2006年にはブラジルの伝統料理を供するシュラスカリアの数を日本食レストランが超えた。名実共に「市民権」を得た格好だが、本場のものとはほど遠いのが現実。そんななか、醤油の老舗メーカー『キッコーマン』、日本で最大の店舗数を誇る牛丼チェーン店『すき家』、岩手の蔵元「南部美人」がブラジルを次世代の巨大マーケットと捉え、〃正しい〃日本の味を伝えようと奮闘している。それぞれの代表にブラジルゆえの難しさ、今後の展望などを語ってもらった。(構成・本紙編集部)

写真=座談会の様子


■ブラジルでの活動を簡単に紹介してください。

 【高山】
第1号店「ヴェルゲイロ店」を10年に、今年4月に8店目となるレプブリカ店をオープンしました。「2015年までに100店」が目標です。ちなみに「すき家」は日本全都道府県に1783店(4月末現在)があり、日本最大の牛丼チェーン店です。
—ブラジルは中国に続く2カ国目。タイにも出店していて、展開地域は庶民的な所ばかりですよね。
 日系の方の支持を頂いている部分がまだ多いですが、これから先はやっぱり一般のブラジル人に食べてもらいたいですから。なかでも一番面白いのが、アウグスタにある4号店。日系人は非常に少なくて、若者が夜遊びに来る街なんですけど、ここだけ24時間営業。
 —ディスコとかクラブとかボアッチとかがあったりする通りですよね。
 深夜に人が沢山いる。それも若くてブラジルの人口構成の一番太い層が少なくとも何の違和感もなく牛丼を食べている。これは必ずうまくいくと思う。
 —遊んだ夜に牛丼食べて帰るという、日本の若者みたいなスタイルが面白いですね。
 終電が終わって帰れないとき、開いてるし明るいっていうのもあると思います。一応ビールも置いてますしね。
 —これからお酒メニューの充実も図るんですか?日本酒も含めて。
 庶民の食べ物なので、どっちかというと早く食べて早く帰る感じですよね。
 —単価も高くないから回転をあげないと。あんまりのんびりいられると困る(笑)。

 【久慈】2004年に初めて来ました。仲間の蔵元に話したら「アマゾンで酒は売れない。地球の裏側は郵送も大変。馬鹿だな」と大笑いされた。
 NYで岩手県人会の会合があって、会長がたまたまブラジルの千田曠曉会長を知ってたのがきっかけ。すぐ電話で話したら「岩手のものを紹介したいんだけど、何にもない」と。早速来たら大都会だし、びっくりするくらい元気な町。日系社会もすごく大きい。
 それで岩手県人会が「県連日本祭り」で販売したいというので、輸入代理業者で一升瓶30本から始めた。県人会が全部買い取ってくれた。
 県人会は「岩手のものを皆に紹介したいけど創立以来、そういう人が来てくれなかった」という。自分のルーツのものを嫌だって言う人はいないだろうし、岩手、日本産を求める声があるなら挑戦したいと。それで縁ができたんですが、現地生産の日本酒「東麒麟」という高い壁があった。
 当時は「東麒麟が10レアルなのに何で南部美人が100レアルなんだ。確かに美味しいけども注文できない」と。
 その反応で、最初は非常に葛藤がありましたけど、「ジュンサカモト」「木下」そういった店から流通し始めた。
 —蔵元としては先陣を切られた。現在、ブラジルには何銘柄の日本酒があるんですか。
 今60銘柄くらいあると聞いてます。銘柄っていうのは各蔵元が出してるもので、うちからは3、4種類ありますから、それで換算してNYは600銘柄。蔵元数300蔵元くらいじゃないかなと思います。ブラジルは60蔵元くらい。
 —日本には1200蔵元あるというので、5%があるわけですね。
 【森】
我々は1985年に活動を始めたんですよね。ただ当時輸入規制があったり、マーケットがまだ醸成されていなかったこともあって、とても苦労しました。日系人社会の市場環境っていう部分もあると見ています。
 現地メーカーと提携した時期もあり、その頃はまだ日本人が多く、一定のシェアを獲得したんですが、一回止まった。日系人社会には入ったけども、それ以上は拡がらなかった。
 80年代後半から90年代のブラジルは、今みたいに高いものには興味がなかったのでは。安いものをより安く。全然醤油の価値がわかってもらえなかった。段々と販促投資も底をついた。
 もう少し待てばよかったのかもしれませんが、2000年に一度仕切り直しをしようと。アンテナは張っておくけども大きな活動はせずに、現状維持が続いた。
 ちょうど我々が巻き返しを狙っていた01年〜05年の間に、ものすごくドラスティックな変化が起きた。日本食レストランも急激に増えて、現地醤油メーカーもどんどん伸び、タイミングを逸したっていうのはあった。
 07年に以前と同じ調査—ブラジル人と日系人に100人ずつに、現地の醤油とキッコーマンの味を目隠しで試してもらった。
 同じ結果が出るのであれば厳しいけど、もし変わるのであれば、それは本当にブラジルが変わってきている証拠。やはり趣向とか慣れとかも当然ある。
 日系の方は4—6で現地の醤油の方が美味しい。しかしブラジル人は9—1で当キッコーマンを選んだ。「こんなの味わったことない、舐めたことない」と。最後は啜って飲み干してしまう。
(一同笑い)
 時代が変わり構造も変わったのであれば…ということで本格的にもう再度チャレンジとなりました。

■ブラジルの日本食に対する印象は?

まずはオリジナルを知ってほしい—森氏

 今大体、サンパウロ州に6〜800軒くらい日本食レストランがありますが、リオ、南西部など入れると、ブラジル全土で大体1千軒くらい。
 今までなるべく行ける限りの所に足を運んできましたが、いわゆるトップと言われる日本食っていうのは、非常に味がいい。高級で高いですけども、日本食の伝統の部分だけでなく、様々なものを取り入れられて、日本と比べても引けをとらなかったり非常に斬新な味付けだったりする。
 一方で中級クラスになってくると見よう見真似で作っていて、オリジナルを見ていないというものが結構ある気がする。
 変化するのは大歓迎ですし、会社としてもその変化に協力したいと思いますが、オリジナルを知った上で変えることと、知らずにただ作るのは全然違う。そういう意味で、ちゃんとやっている人とそうでない人の開きがすごくある。
—キッコーマンは食業界で発言力のある方を、日本に招待する事業を行ないましたよね(4月25日付け本紙)。
 ブラジルの方が日本のことを知らなければいけないでしょってことで、まずは食の世界で影響力のある方に知って頂こうと。是非それを一人でも多くの方に広めてもらいたいと思っています。

中クラス以下がブラジル化するのは自然—高山氏

 私の場合、日本食そのものはそんなに食べてないので多くは言えませんが、確かに美味しい所はすごく美味しい。私もたまにしか行けない(笑)。見た感じもきれいで非常に良く出来てるし、素晴らしいと思う。
 中クラス以下は、日本食とブラジル食が混ざったものと認識している。私は、それはそれでいいんではないかなと。
 我々は日本食全部を提供するということではなくて、基本的には牛丼を中心とした我々の扱っている商品でブラジル人とマーケットで勝負し、食べて頂きたい。
 「塩分が多い」という意見も聞くし、食べ方も色々あるけど、総じてブラジル人の方は美味しいと言ってくれる。
 ブラジル料理にしても、美味くて高いものもありますけど、普通の料理だったら普通の料理として私も美味しいと思うんで、それはそれでいいんじゃないかと。

定点観測上、レベルが上がってきている—久慈氏

 2004年から毎年(2011年除く)ブラジル来て、約1週間滞在しますけど、日本食以外食べたことない。1997年から出荷している21カ国に出向いて、監督・管理してますけど、和食以外を食べることはあまりない。
 シュラスコも食べたし、現地料理も一応食べますけど、地元の和食を食べることによってその国のレベルを知ることができると思う。だから世界中の様々な国で、その国の和食をいい所から悪い所まで全部見るようにしてます。
 当時は我々の酒を飲んで頂けるようなレストランが少なかったけど、今ではリベルダージの居酒屋を始め、様々な所で飲んで頂けるような環境。すごいことだなと思ってます。今のブラジルは大変なレベルになってきているな、と。

■「その食べ方ははやめて」っていうものは?

 【久慈】
衝撃的だったのは初めて泊まった日系ホテルで味噌汁を飲んだ。味がおかしい。「何だろう?」って思ったら、出汁が入ってないってことがあった(笑)。
 【森】代表的なのが、醤油で言えば、もう素材の味が分からなくなるくらい沢山かけるっていうことでしょうね。
 【久慈】もうどこでもそうですよね。
 —それって世界的な現象なんですか。
 【久慈】
NYに行ってもそう。醤油を入れてくれるのはいいけど、すごい量ですよ。
 —だけど、森さんとしてはどんどん使われた方がいんじゃないですか。
 【森】
(苦笑いして)逆に一杯使われると日本の醤油は辛いっていう風に言われる。なぜかと言うと、我々の醤油は天然醸造だから、逆に塩味が目立つと感じられてしまう。量を使えばむしろマイナスになっちゃう。本義でない使い方によって、ネガティブな評価を受けるのは残念。
 —そういう部分を変えていくのは非常に難しい?
 【森】
それにはやっぱり地道な啓蒙活動みたいなものが必要です。商談の際でも、同じ使うのであれば、減塩のものを使ってほしいという使い方の提案をするとか。
 —しかし時間かかりますよね。たっぷりつけることを前提に商品作りっていうのはあるんですか。
 【森】
両方ですね。なるべく正しい使い方をやって頂く方向、駄目であればいかにして美味しく食べて頂くかと。今の状態が普通になっちゃうと、ネガティブな方にしか行かない。
 —日本で売られてるキッコーマン商品と、海外のものの味は違う?
 【森】
製法は全く同じ。食べる地域の気候や湿度とか他の要素で多少の感覚的な違いはあるけど製法は全部一緒です。
 —なるほど、そこは変えないわけですね。
 【高山】
「すき家」では材料でなくて料理そのものなので、特別困ることはない。ただ面白いなと思うのはやっぱり同じで、何でも一杯かけること。唐辛子も一杯。紅生姜を去年から置いているんですが、かける人はめちゃくちゃかける。味わかるのかな? 日本でも沢山かける人いますけどね。肉より沢山かける。
 —牛丼に醤油かけますか?
 【高山】
それはいない。やはり唐辛子。
 —ブラジル人にとって牛丼の味ってのは、過不足ないわけですか。
 【高山】
甘いとか、油がちょっと多いとかおっしゃる人はいる。でも売れているところを見ると、基本的にある一定層の範囲内には評価されていると思う。
 —全くブラジル独自の味付けはしてなくて、日本のものと同じ味なんですよね?
 【高山】
特に昨年2月から完全に日本式に変えました。以前は多少塩辛かったし、どんぶりも使っていませんでした。(つづく)

   【略歴】

ゼンショー・ド・ブラジル(すき家)代表取締役社長 高山孝之(たかやま・たかし)
     ■
 岡山県、57歳。1977年ニチメン株式会社(現双日)入社。以来食品部門の業務に従事。中国で2社、日本で2社、食品関連の合弁会社を設立し、その代表や役員として事業を軌道に乗せる。その後、外食産業向けの物流システム構築に従事。02年ニチメン㈱フーズ事業本部・本部長補佐、03年㈱なか卯入社、05年取締役、08年常務、09年代表取締役に就任。2010年7月㈱ゼンショー入社。同年11月から現職。


キッコーマン株式会社ブラジル駐在員事務所ディレクター 森和哉(もり・かずや)
     ■
 福岡県、38歳。学生時代にオーストラリア一周、南北アメリカ西海岸縦断を旅行。1998年、キッコーマン株式会社入社。営業部などを経て06年本社海外事業部。世界各国グループ会社の販売統計管理や中国の模倣品対策等を担当後、07年から現職。




株式会社「南部美人」5代目蔵元、専務取締役 久慈浩介(くじ・こうすけ)
     ■
 岩手県、40歳。東京農大醸造学科卒。「南部美人」5代目蔵元として酒造り全般を担当する。冬は蔵にこもって酒造りをし、オフシーズンの春夏は全国各地で日本酒の良さを伝える「南部美人ライブツアー」を開催。年に数回、全国の造り酒屋の仲間達と北米、欧州、ブラジル、香港、台湾などで酒の会やセミナーを開催、日本酒の普及に努める。