ニッケイ新聞 2012年6月23日付け
神奈川県にある在日外国人向け健康保険会社「ビバビーダ メディカルライフ社」の代表取締役、野口重雄さん(55、東京)に「帰伯者と日本居残り者の違い」についての印象を聞いた。野口さんは外国人労働者問題協議会の事務局長を務め、長年デカセギの問題に関わっている。
日本に残った人には「先を見越した準備を全くしてこなかった人」と「日本に適応した永住志向の人」のどちらも多くいるという。人生の計画性という意味では両極端な存在だが、定住したという〃結果〃は共通だ。これは「移住」現象全てに言えるかもしれない。
帰伯者には「様々なパターンがある」と前置きした上で、「良い仕事に就いていなかった人ではないか」との自説を説く。〃良い仕事〃とは、時給が高いが不安定な派遣労働というより、時給は低めでも安定的な直接雇用ということ。直接雇用を選んでいた人は定住志向が強く、前から日本に適応する心構えをしていたようだ。
「3分の1も帰伯したのは多いか」との質問に対し、「その数字が意味するのは、実は日本はそんなに悪い国ではないこと、ブラジルはこれから発展する国と言われているがその通りでもないと理解している人が多かった。だから3分の1しか帰らなかったのでは」。
ある日系人女性(30)は17歳で訪日し、日本で結婚し子供もいた。東日本大震災による福島原発事故に不安を感じ、昨年4月に帰伯した。震災はあくまできっかけに過ぎず、「本当にこれからも日本にいるのか、それともブラジルに帰るのか見極めたい」ということだった。ところが当地で夫を亡くし、子供を一人で育てなくてはならなくなった。「治安、教育の中身、仕事のことを考えると日本の方が良い」と再び戻ってきたという。
野口さんは「特に小学校高学年、中学校を日本で過ごした層が帰伯しても適応は極めて難しい」との問題を指摘した。その上で、大量帰伯世代の中でも日本育ちの若年層を中心に、今後「日本に戻る人が多くなるのではないか」と予測した。
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「日本でお金を貯めても、帰伯後に使い果たして貯金のない人が多い」とサンパウロ市のNIATRE(帰伯労働者情報支援センター)相談員の松浦仁司さん(59、徳島)は印象を語る。同センターは昨年1月から2千件以上の相談を受け付けた。
日本の景気は経済危機から回復せず、失業中のデカセギが生活するには物価が高すぎる。「ブラジルなら何とかなるのでは」と安易に考えて一時帰伯するパターンが多いという。ところが当地では残酷な現実が待っている。松浦さんは「60歳を過ぎて、日本でも工場労働の経験しかなく、20年いても日本語を覚えない人に仕事はない。帰ってきて事業を起こす人も多いが、その8割がつぶれているのでは」と指摘する。
同センターには日系企業を中心に約150社が求人情報を寄せており、仕事を紹介した人のうち7割が就職するものの、すぐに辞めるケースが目立つという。
松浦さんによれば、ブラジル企業の中では「デカセギ帰りは戦力にならない」という定説が10年ほど前から生まれている。「給料が安いと言って長続きせず、すぐ日本に帰ってしまうというイメージが定着している」。大量帰伯世代はこのイメージを脱却することができるのか。
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連載を終えるに当たり、大量帰伯世代の今後を占う一つの仮説を提示してみたい。
60代以降の〃高〃齢帰伯者の定住率は高く、その下の働き盛り〃中〃年層(50〜30代)は迷っており、日本育ちの準二世層(〃低〃年齢層)ほど日本に帰る可能性が高い。つまり〃高定中迷低帰〃現象が強くなるとの印象を受けた。
60代以上の帰伯者は定着するしかなく、当地のことを良く言うようになるだろう。日本の就労様式を身に付けた働き盛り層が、日本式の就労文化をブラジルに持ち込む中心層になるかもしれない。そして、日本育ちの準二世層が新しい日伯草の根交流を支える世代に育っていく可能性があるのではないか。(おわり、田中詩穂記者)
写真=一時来伯時、本紙で取材に応じた野口重雄さん(2月2日撮影)