ニッケイ新聞 2012年6月30日付け
遣り切れない市民
前ローマ法王ヨハネ・パウロ二世は在位中全世界を巡歴し、「空飛ぶ聖座」と呼ばれる程にカトリック教信徒から敬われ慕われた。元司教の我がフェルナンド・ルーゴ大統領は2008年8月の就任より在権僅か4年足らずの間に、なんと最近コロンビアで開催されたウナスール(南米同盟)事務総長改選の臨時総会(6月11日)に日帰りで出席した外遊を数えると、その回数は既に75回になる。大の旅行好きで、恰も「空飛ぶ〃政座〃?」の如しであった。
そして、ついその前(5月下旬ー6月初旬)の第74回目に当たる台湾、インド、タイ、韓国と日本を含む17日間に及んだ大名旅行では、天皇陛下の拝謁や野田総理との接見も得ている。
ルーゴはこのアジア各国訪問には外相、農牧相、商工相の閣僚の他にイタイプ及びジャシレタ両国際水力発電所の各臨時代理総裁も帯同した。
ちなみに、ルーゴ大統領の過去外遊の頻度を考えて見ると、平均して約6カ月に一度は外国へ旅していた計算になる。これで肝心な政務がお留守になっても可笑しくはないが、ルーゴは詰りこれもパラグァイ国の知名度を今迄になく国際的に高める大統領外交に他ならず、外資導入や進出企業の誘致に努めるものであると臆面もなく云うのであった。
然し苦しい国家財政の中、毎度幾十万ドルもの旅費の浪費や、何時になってもサッパリ向上せず寧ろ悪化傾向にある政治、経済、社会情勢に加えて、又もや発覚したルーゴの司教現役時代からの隠し子の認知問題や相変わらずの女性関係の醜聞は、ルーゴが云う国の対外イメージの昂揚どころか世界の良い物笑いとなっている何とも無様な話には、市民は遣り切れない思いなのであった。
全くとんでもない大統領を良くも選んだもので、普通ならトックに辞任したり内閣総辞職をしなければならなかった筈だが、ルーゴは全然辞めそうもなく、国民は来年8月の大統領改選までなん何とか我慢せざるを得ない羽目だった。
きつい〃お灸〃すえる法王使節団
このような事態のところ、去る6月14日(木)は駐パ外国外交団は在アティラ市の〃カトリック修道黙想の家マリアネーラ〃に於けるフェルナンド・ルーゴ大統領との昼食会で、現下の政治情勢について色々な考察や示唆を行なった。
この約1時間半に及んだ非公開会議で、外交団主席のローマ法王使節エリセオ・アリエッティ主教は外交団の声としてルーゴ大統領に対し、三権分立原則の不均衡、経済政策上の妨害や選挙公約の不履行等に関して厳しい忠言を呈した。
此れは—ホルへ・ララ・カストロ外相が同席—在権約4カ年弱になる大統領の行政業績報告に対して、法王使節の熱い〃お灸〃であり、近頃頓に激しくなった政府攻撃の民衆デモの形勢や、大統領の職位尊厳に拘わる隠し子認知の道徳的責任問題等を指摘したものである。然し今では面の皮が相当に厚くなったルーゴには〃馬耳東風〃で、この忠告が何処までインパクトしたかは甚だ怪しいものだった。
ところがこの話の翌15日(金)に、富豪起業家で赤党コロラド政治家のブラス・リケルメ氏の農場(在カニンデジュ県クルグアティ郡)に、自称キャンプ族(土地なし農民)が組織的に武装不法侵入した。
彼らはコロンビアのFARC人民革命軍の指導を受ける地下EPPパラグアイ人民軍に依る教練の疑いがあるグループで、司法退去を命じた警察隊が不意に逆襲され銃撃戦が起きた。隊長副隊長を含むエリート警官数名と、ゲリラ化した農民を合わせ17人程の死者、それに負傷者多数を出すこれ迄にない血生臭い悲劇的な事件となり、広く国際ニュースにもなったのは周知の通りである。
これが為に、先程リオで開催された「国連 持続可能な開発会議(リオ+20)」への出席をルーゴは思い止まった。(第76回目の外遊になる筈だった)。
遅きに失した?弾劾
ルーゴ大統領は即内務大臣と国家警視総監の更迭を行なったが、これが又言訳の如き不評判な人事で、憤激した一般世論はこれで治まる様な事ではなく、左派勢力扇動の元凶責任者たるルーゴこそが先ず辞任す可きだと今迄になく激しいものであった。
そして、前記の流血不祥事件が引き金となり、特別召集の国会下院議会(衆院)は早速ルーゴ大統領を〃行政不振〃の廉で弾劾裁判に付すべく起訴可決し、これを同じく上院特別議会(参院)の最終審理の為に回付、参院は弾劾裁判を行い件の事件から僅か7日目(22日)にルーゴ大統領を国会は絶対多数決で更迭解職した。パラグァイの国会には稀に見る電光石化(48時間)の処置であった。
言い換えれば最近はそれ程にルーゴは皆から愛想を尽かされていた落第大統領だったのである。これは、今は在野の赤党の主導に依って現主要与党リベラルその他の一致したコンセンサスの下に唱えられたルーゴ糾弾運動に応えて、国会上下両院が多数決を以って大統領弾劾裁判に踏み切った結果であり、全ては憲法の諸条項に沿った処断であり、寧ろ遅きに失したとも云える。
大統領府で初めは悠然として国会の総意たる此の結果をルーゴは潔く認め、多くの部下と共に早々に政庁を去った。ところが、悪いのは其の後で、側近等に再びそそのか唆されたものか、総選挙で選ばれた立憲大統領の前代見聞の追放劇は正に国会の横暴に依る議会クーデターに他ならず、依ってフランコ副大統領の昇格就任、又は其の組閣は合憲性に欠け、従い飽く迄も自分が〃正当政権〃である事に変わりはないと、いま未だ思い切り悪くもが?いているのである。
自分が〃正当〃との主張に呆れる国民
そして、出所が疑わしい大金を振り撒いてはお先棒を担ぐルーゴシンパを扇動し、デモ運動に駆り出したり救援を国際世論に訴えている。まるでルーゴはマキアべリストで国や国民を国際社会(チャべス・ドクトリン)の動きに組み込む事に焦ったのではないか? 多くの人達は「ルーゴは実に嘘の積上げの欺瞞家だった」と今更ながら呆れるのである。正に諸外国に依るパラグァイ国の内政干渉を自ら煽っている様なものだ。
当初は軒並みに今回のパラグァイの政治異変はクーデターだとして極め付け、パラグァイ国の除名や経済制裁を唱えるメルコスール及びウナスール諸国(註:パラグァイはウナスールのモンテビデオ議定書の批准はしていない)も、急先鋒のアルゼンチンやベネズエラ等の少数派は別としても、徐々に其の姿勢が軟化して来ているが如しである。OAS・米州機構もインスルサ事務総長を筆頭とする実地査察ミッションを派遣すると報じた。多分、最終的には良識が勝るであろう。
暗躍するベネズエラ
但し、今月の28日ー29日に亜国メンドサ市で開催の第43回メルコスール首脳会議に同創立メンバー国のパラグァイは初めて欠席するが、議事日程のメインはパラグァイ国の経済制裁と除名の問題である。この裏には嘗てよりメルコスール正会員加盟が悲願のウーゴ・チャべスの黒い手があり、一貫してこれに唯一反対して来たパラグァイを除名すればベネズエラのメルコスール加入の障害が取り除かれる読みがある。
そして、これを強く推しているのが亜国のクリスティナ大統領と云う筋書きである。
フランコ新政権は多難で、任期は来年の8月15日迄である。この短い期間に前任者の失政の尻拭いをし、まとも正面な行政を取戻しパラグァイを真面目な国として、内外の信用を築き直す大変な使命を負って登板した新任フェデリコ・フランコ大統領に対する一般市民の期待は大きく、人気も良い。それを裏付けるかの様に真っ先に新政権を承認したのはバチカン市国でドイツやカナダが続いた。スペイン、イギリス、韓国、台湾、アメリカ等の話も聞かれるが、多くはOAS・ミッションの調査報告を待っているものの如しで慎重である。