ニッケイ新聞 2012年7月5日付け
ある朝、アゴが痛くてたまらない。虫歯でもなさそうだし、どこかにぶつけたわけでもない。しばし考えた末、前の晩スルメを噛み過ぎたせいだと気がついた。日本だったら歯牙にもかけないスルメだがブラジルでは貴重品。韓国人街で見つけて小躍りし、高いだけに念入りに噛んだせいかも知れない▼アゴが弱っているのかもー。その理由を考えてみると、ブラジルには歯触りや噛み応えを楽しむ料理があまりないからではと思い当たった。ゴムのような肉には時々あたるが大体は煮込み料理だったりするし、概してブラジル人は歯が弱いようだ。これは胎内や幼児期の問題もあるし、何ともいえない▼リベルダーデでも定番の日系食材といえば、味はさておき食感を楽しむものが多い。豆腐(特に絹ごし)、こんにゃく、練り物、春雨しかりである。きのこなども食感が身上。それを考えれば、鍋物は歯茎で楽しむ料理と言ってもいい。まあ鍋をする日系家庭は少ないようだが▼フェイラの青物のなかに懐かしい風貌のものを見つけ思わず手に取った。名前を聞くと「Folha da Agua」だという。ズバリ水菜だ。有名なのは鯨と食べるハリハリ鍋だろう。そのシャキシャキ感を表現した命名だが、食感が料理の名前になるものも珍しい。売り子いわく「日本から持ってきたのは種だけ。ここで育てたから新鮮よ」となかなかのご愛嬌▼京菜の別名だけあって京都が原産。瑞々しいことからの命名かと思いきや、肥料が要らず土と水だけで育つからだとか。まさに大地の恵みというべき野菜なのだ。「水菜とは菜っ葉のなかの哲学者」(橋本鶏二)。ほのかな苦味は禅味かな。(剛)