ニッケイ新聞 2012年7月14日付け
2007年7月に199人の死者を出したTAM機の事故から5年となる17日、サンパウロ市南部の現場跡に記念広場開設と13日付エスタード紙が報じた。コンゴーニャス空港では建設が遅れていた新しい管制塔も9月から正式運用となるが、安全確保への一層の努力が望まれる。
サンパウロ市南部のコンゴーニャス空港に着陸しようとしたポルト・アレグレ発のエアバスが滑走路を外れ、空港脇を走る大通りに面した建物に突っ込んで炎上するという事故が起きたのは07年7月17日18時48分。
TAM機の乗客・乗員189人とTAM Expressの社屋にいた従業員ら10人の計199人の命を奪った、ブラジル航空史上最悪の事故から5年の歳月が過ぎた。
当日は雨で滑走路が滑り易い状況であった上、速度調整用のレバーに異常が起きたため、滑走路を過ぎても止まらず、左に進路がそれたエアバスは、ワシントン・ルイス大通りを横切り、TAM Expressの社屋に突っ込んだ。
コンゴーニャス空港の滑走路は水はけが悪く、雨の日の離着陸は通常以上の注意が必要だが、滑走路の状況を良く見極めずに着陸許可を出した民間航空庁(Anac)の元理事ら3人の責任が問われたが、裁判は未だに結審に至っておらず、現場跡へのメモリアルセンター建設や空港の改善も遅れに遅れた。
そんな中、昨年から始まった記念広場の建設工事が仕上げ段階に入り、事故5周年の17日に開設との知らせを掲載したのがエスタード紙だ。
火災後も生き残った木に命への思いを込め、木の周りを囲んで造った池の壁には犠牲者達の名前を刻む。遊具やベンチも設置された広場開設は、事故の起きた時間に近い19時。17時半からは追悼ミサも行われ、遺族ら500人が参列すると見られている。
一方、メモリアルセンター同様、事故の直後から検討されていた新しい管制塔建設は、従来の管制塔改修工事後の2009年7月にやっと着工。2010年末完成の予定が2年遅れ、9月初めに運用開始となる。高さ40メートル、直径12・7メートルの管制塔完成で空港内の死角はなくなるが、専門家からは、滑走路は表面の工事がなされただけで長さは変わっておらず、安全確保は万全とはいい難いとの声も出ているのが現状だ。
また、11日付フォーリャ紙は、同空港周辺には、着陸機が滑走路に入るために減速、降下する際、障害となりかねない建物や樹木などが、モエマ側に11、ジャバクアラ側に34あると報道。障害物の中には、2011年に空軍が定めた高さを13メートルも超えるものもあるが、基準制定前の建造物は改修までの一時認可を受けたとみなし、空軍も容認。新しく建設する建物は、当然、基準厳守が求められる。