ニッケイ新聞 2012年9月1日付け
「初めて父の心境に触れた」と訴えた二世妻=サンパウロ市 篠崎 勝利
私以上の期待で同伴した妻と、サンタクルスのシネマークで『汚れた心』を鑑賞してきました。土曜日の第一回目19時のセクションでありながら、館内は半分にも満たない入りでした。しかし、皆涙をぼろぼろ流して終了の館内の照明が点くのがきまり悪そうでした。
次いで拍手がわき起こり、私は何の拍手なのか不可解でしたが日系二世の若者のグループが感動のあまり叫んだりもしてました。
ブラジル人による原作、脚本、演出による日系コロニアの事件の映画化は誠に異色ですが、VEJA誌の評は☆一つ(注=最低評)、監督の評価が以前の作品同様に扱われていてこの作品も酷評になったようです。
テーマは余りにも暗く、そして憂鬱なる終戦直後の日系コロニアに起きた内紛という時代背景ですから、一般のブラジル人にはまず理解は難しいと思います。
しかしこの作品、時代背景・考証を良く調査してオープンセットに再現し、原作本を映画のシナリオにアレンジした脚本家の腕は流石にプロであり見事でした。
観客が涙を誘うのはリアルな映像と音楽で〃酷い、残虐、可哀そう!〃というショックから来る単純なる涙(感動)であって、本筋(テーマ、主題)の勝ち組、負け組の闘争の真髄までに至った感動のせいではないと思います。
でも、かつての日本人同志の敗戦による混乱時期を改めて偲び、私のような戦後移住者とは比較にならない先駆者達の艱難辛苦をこの映画でもって深く感じた次第です。
それにしても原作本は2001年に書店で買い求めましたが、この映画化がなぜこんなに遅れたのでしょうか? 移民百年祭に上映されていたら、と悔しくも思った次第です。
50歳になる日系二世の妻は、父親が勝ち組派で牢獄にも入れられた話を(彼女はまだ生まれておりませんでしたが)、昨年亡くなった母親から幾度か聞いていたため、上映中に盛んに嗚咽しておりました。このシネマを鑑賞後、今初めて祖国を愛する父親の心境に触れる事が出来たと目を潤ませて私に訴えました。子供達には厳格な父親だったそうです。
凄惨でショッキングな映像であったにもかかわらず〃夫婦愛〃という演出家のテーマが反映して、夫婦の絆といった部分がさわやかな後味にさせてくれたのは女優陣の好演でしょう。以前に日系人監督による移住をテーマにした本編映画作品も上映公開されました。今回の映画はブラジル人のスタッフにより企画され完成された事に深い敬意を表しますと共に、興行的成績は勿論ですが、日系社会の全ての人が鑑賞できる機会を持って欲しいものと切望致します。
この映画は日本人移住史の中で貴重な資料となりうる作品だからです。
〃作り事〃として良い作品=サンパウロ市 梅崎 嘉明
終戦前後をコロニアに生きた私は、あの頃の勝ち負け抗争、事件はある程度把握しているので、映画はどこまで真実に迫っているかとの好奇心から見ました。ですが、案の定、あれは観客を喜ばせるためのフィクション物(作り事)で、あれを事実と信じないで頂きたいです。
あの頃知られていた陸軍大佐といえば、殺された脇山甚作氏を想像しますが、甚作氏は普通のコロニア人で、軍服など着けるはずはありませんし、勝ち組でなく日本の敗戦を知っている人でした。映画の渡辺大佐は、日本に帰るという家族の土地を買収しているので、そうなれば渡辺も日本の敗戦を知っているわけで、軍人の名を借りて悪辣なことをするコロニア人として描かれています。
主人公の高橋の大儀名分はよく分かるし、そのために大事な奥さんや娘も失ってしまう場面は、観客の同情をかうでしょう。配役も良いし、当時の日本人の心情は高橋を通じて、ある程度表現されていて一応成功といって良い映画だと思います。
私の言いたいのは、事実の同抗争では刀など使っていないし、勝ち組同士が殺しあうこともありえなかったということ。映画のトリックに酔って妙な風評を流さないように注意してください。