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謎の11人から真相聞く=なぜ日本を飛び出したか | (上)=宗教?!同性愛?!「えっ骨を」

ニッケイ新聞 2012年9月28日付け

 去る8月16日の昼下がり、きっとお昼ご飯を食べ過ぎたに違いない編集長が、ものうげな調子で言った。「主婦3人でブラジルに観光旅行なんて珍しいよね。面白い時代になったもんだ。世間話でもしに行こう」。きっといつものヒマつぶしのつもりだろうと、しかたなく記者も同席した。
 編集部の応接スペースで、若き日本人女性3人が手持ち無沙汰に邦字紙を眺めていた。彼女らは同じビル内の兵庫県人会を尋ねたが、事務局長が「ちょうど今外出するところだったの。ちょっとの間だけ、ここに置かせてね」とまるで物を置くように編集部に言い残した。その時に「主婦が観光旅行に」と一言だけ説明していったのだった。
 30代〜30代後半くらいだろうか。名刺を渡して自己紹介をすると、全員兵庫県出身と分かった。偶然、記者も兵庫出身と知ると、3人は「そうなんですか」と、急に霧が晴れたような明るい表情になった。
 「私たち3人は同じ銀行の仲間で、皆でブラジルに住もうと思って会社を辞めてきました」と交互に言った。編集長は「えっ! 銀行を辞めて? 住むために?」と、ただでさえ細い目をさらに細くして白黒させている。初来伯で、ポ語は全く話せず知人もつてもない、一次滞在ビザで始めた見切り発車の〃移住〃だという。思わず編集長と顔を見合わせた。
 実は他にも8人いて、全員ベジタリアンだという。みるみる編集長はノリノリの様子となり、移住動機を聞き出そうとさかんに質問をくりだす。「違う人生もありかなと思って」「今の自分を変えたくて」と、互いの顔を見やりながら曖昧な返答が返ってきて、余計に謎が深まるばかり。何のグループで、何故ブラジルなのかもはっきりしない。「何か言えない事情があるようだ」という印象だけが後を引いた。
 彼女たちが去った後、編集部では議論が沸騰した。編集長は「宗教だ」と言い、記者は「レズビアンに違いない」と勝手に決め付けて激論を交わし、中には「集団自殺かも」などという雑誌趣味な発言者まで現れた。
 連絡先を聞いておけばよかった——と後で後悔した。分かっているのは高橋尚子、三波裕子、伊藤真由美(全て仮名)、3人の名前だけ。謎の女性集団11人の正体は一体—。
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 翌日、県人会の事務局長に連絡先を聞いてみようと思っていた矢先、3人から1通のメールが届いた。「私達がこの地に来た目的をお話ししたい」とあった。早速翌日、近くの喫茶店で会うことにした。
 切り出しにくそうにしていたので、記者は「同性愛?」と単刀直入に聞いた。首を振るので内心残念に思ったが、気を取り直して「じゃあ宗教?」と尋ねると、今度は静かにうなずいた。記者は内心、チッ、編集長の勝ちかと舌打ちした。
 真面目に話を聞いてもらえると思って安心したのか、彼女らは「宗教ではないんですけど」と前置きして語りだした。「◎◎(本人の希望により伏字)と言って、お釈迦様が悟りに辿りつくための〃道〃です。ずっと昔から伝わってきた秘法中の秘法なんです」。確かに宗教とは少し違うようだ。
 彼女は続けた。「秘法というのは、神様が授けてくれる目に見えない〃大事なもの〃です。これを貰うと天災から守られるし、輪廻を脱して、魂の親のところへ戻れます。私たちは、これをできるだけ多くの人に貰ってもらうために来ました」。
 間もなく大変な変動が起きて地球がどうにかなってしまうため、それまでに「できるだけ多くを助けること」—それが使命なのだという。
 記者は途方もない話だと思ったが、編集長はフンフンと思いのほか真面目に聞いている。実際、3人から狂信的な匂いはしない。むしろ、「銀行勤めのごく普通の日本人」という印象だ。
 しかし「ごく普通の日本人」だからこそ、一番遠いブラジルにいきなり「骨をうずめる覚悟」で移住する決意をしたのはなぜなのだろう——という疑問が深まった。(つづく、児島阿佐美記者)

写真=本紙応接スペースにきた3人