ニッケイ新聞 2013年2月2日付け
しかし、児玉が思っていた以上に性的には大人で、男にリードされるセックスをいつも拒否していた。美子の望むように児玉がベッドに大の字になると、美子は男性自身を口に含み、上目遣いに児玉の表情をうかがっていた。美子は児玉の耐える表情を明らかに楽しんでいた。
冷たいガラスのような視線に耐え切れず児玉は美子の髪を強引に掴むと、引き離し美子の顔を見つめた。瞳は何かを訴えるように潤み、唇は唾液でだらしなくぬれていた。髪を掴んだまま児玉は唇を重ねる。再び美子を下に組み伏せると、児玉は美子の中に深く入った。喘ぎとも溜め息ともとれる微かな声を美子は上げた。
児玉は美子の胸を愛撫しながら、一定のリズムで腰を上下させた。美子の視線が宙をさ迷う。次第に腰の動きが激しくなる。その動きに合わせて美子も腰をくねらせた。
「まだいかないでね……。男のやさしさって寝てみるとすぐにわかるものよ」
児玉は果てそうになる衝動を懸命に堪えていた。それを十分に知りながら、彼女は腰を微妙に動かし、その一瞬へと児玉を追い込んで行った。美子は自分の快楽を少しでも長く持続させるために、児玉に忍耐を要求しているわけではなかった。自分自身も快感に耐えながら、美子は自分の意のままに男を動かし、果てそうな男の苦悶の表情を見て楽しんでいた。それが美子のセックスだった。
児玉が動物の咆哮にも似た声を上げた。半ば閉じていた美子の瞳が再び大きく開らかれた。
「外に出してね」
「わかっている」
美子は妊娠することを極端に恐れているが、コンドームを使うことを嫌った。美子は快楽の絶頂に、我に返り彼女の腹部に白い液体を吐き出す男の空しそうな表情を、いつも冷静な視線で見つめていた。
肉体的な一体感を感じながら射精するという男のオーガズムを奪うことによって、彼女は悦楽を得ていた。男からオーガズムを奪うことに、彼女のセックスは情熱が注がれた。
しかし、その夜はいつもとは違っていた。児玉は美子の奥深くへと突き上げた。
「児玉君、わかっているでしょ」
無言のまま激しく美子を攻め立てた。いつもとは違う児玉の荒々しさをその時初めて感じとったのか、怯えた表情に変わる。児玉を突き放そうとしたが、児玉は重なり合ったまま美子の両腕を押さえ付けた。体を引き離そうともがいたが、男の力で体全体を押さえ込まれ美子は身動きが取れなかった。
「いや、止めて」
美子はレイプされた女性のような悲鳴を上げた。児玉はその声にさらに欲望をかきたてられたのか、何度も美子を突き上げるようにして果てた。児玉はその後も容赦なく力にまかせて美子を組み伏せたままだった。
「腕が痛い。もう暴れないからはなして……」
すべてが手遅れだと思ったのか、美子には抵抗しようとする気力も失せ天井を見たまま何も言わなかった。その横で児玉も同じように天井を見つめた。重苦しく響きのない沈黙が続いた。
美子は一言も喋らず彫刻のように静かになったままだった。息苦しい静けさに耐え切れず児玉が口を開いた。
「一緒に行くか……、ブラジルへ」
児玉の問いには答えず、一切の感情を削ぎ取った抑揚のない沈んだ声で美子が言う。
「赤ちゃん、できたらどうするの」
「二人で育てればいいだろう」
「私が子供嫌いなのは知っているでしょう」
「ああ」
「ねえ、児玉君、どうして私が子供を嫌いなのか、わかる」
児玉は何も答えなかった。
「私は、私の分身はいらないの」
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