ニッケイ新聞 2013年5月8日
ある水曜の午後3時20分過ぎ、サンパウロ州立公務員病院にあるガン末期の患者病室に研修中のブルーノ・レイス医師(30)が呼ばれた—。呼吸停止を確かめた同医師は、家族らに3時25分をもって臨終を宣言した。
4月28日付エスタード紙に掲載されたのはブラジルではまだ少数のホスピス病棟での出来事で、レイス医師はサンパウロ州初のホスピス研修医だ。
ホスピスは、末期ガンなどで治療法がなくなった患者とその家族の生活の質改善を目指すターミナルケア(終末期治療)の場を指す。最初は末期ガン患者などに対し、治癒や延命ではなく、痛みなどの身体的、精神的な苦痛の除去を目的としていたが、近年ではガン診断初期から、患者や家族の生活や人生の質向上のための「緩和医療」を積極的に取り入れる動きが広がっている。
緩和治療は、病名を告知する時の精神的ケアや予後の説明の時機の見極め、治療方針や治療の場の選択への情報提供、患者の意思決定の支援、蘇生措置を拒否するか否かなどの臨死期の措置、死後の家族の悲嘆への配慮などを含んでいる。
レイス医師はミナス州出身。公立校からジュイス・デ・フォーラ連邦大学医学部へ進み、内科医として研修を積んだ後にガン専門医を目指した。だが治療だけの世界に満足出来ず、行き着いたのが患者の世話が出来る緩和治療だ。
生活の質の追求はよりよい死の追及でもあり、薬や手術などで痛みを和らげると共に、命や人生を尊重し死ぬ事をごく自然な過程と認める。死を早めたり引き延ばしたりせず、患者が死の瞬間まで人生を出来る限り積極的に生きてゆけるよう支える。患者の家族が闘病中や死別後の生活に適応できるように支えるなどの留意点が必要だ。
サンパウロ州立公務員病院のホスピス病棟は12階の10室。61歳のマリア・スエリ・ラファエルさんは卵巣ガン末期で脳に出来た腫瘍のために右半身が不自由だが、手術してもガン完治はありえず、入院後も緩和治療に専念。屈託ない笑顔は周囲の人々を慰めている。
同病院のホスピス病棟が3月から機能し始め、レイス医師は2カ月足らずで11人の患者の死に立ち会った。もちろん、今も死に際して泣くが、ここには自分が探していたものがあると知る同医師は「家族のためにももっとやれる」とホスピスの意義を語る。
英国での緩和医療開始は1967年だが、ブラジルでの取り組みは1989年が最初で治療施設開設は2000年代から。現在は65施設が登録されているが、実際にある程度の施設や人員が整っている施設は22のみ。2010年のエコノミスト誌の「死の質」ランキングで、ブラジルは40カ国中の38番目だった。