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「彼らは反戦のシンボル」=気鋭の韓国人映画監督=元捕虜の移住者映し出す

ニッケイ新聞 2013年5月18日

 朝鮮戦争の北朝鮮軍元兵士で捕虜となり、戦争後ブラジルに渡ったいわゆる「帰順兵」のドキュメンタリー映画を撮るため、当地を訪れている韓国人映画監督チョー・キョンドク(Kyeong-Duk Cho)さん。ソウル市生まれの39歳。自身の初の長編作品「セックス・ボランティア」で、2009年の第33回サンパウロ国際映画祭の審査員賞フィクション部門を受賞した気鋭の監督だ。次回作では今もブラジルに生きる朝鮮戦争の〃生き証人〃の姿をとらえ、平和の重要性を訴えかけていく。

 「1956年の2月6日、リオに到着した元捕虜達に関する新聞記事があったと聞いたんですが」—。そう日本語で言って、チョーさんは本紙ポ語版記者の案内で、本紙日本語編集部を訪ねてきた。
 チョーさんによればその記事は日本語で書かれており、彼らの到着を報じるものだった。「日本語だったから、当時あった邦字紙に違いないと思って」。それが見つかれば、映画の中に盛り込みたいのだという。
 「もともとは同じ民族なのに、なぜ分裂しているのか」—。今年3月、北朝鮮が朝鮮戦争の休戦協定白紙化を表明したことで南北が緊迫している現状を指し、強い調子で訴えた。
 来伯は、09年の映画祭のときを最初に3回目。家族が東京在住で自身も日本に半年住んだことから、日本語の会話ができる。
 大柄で物腰は柔らかく穏やかな印象だが、「戦争はいけない。外交と対話によってのみ、平和は実現すると思う」と語り始めると〃当事者〃が醸す気迫が漂う。
 1950年から3年にわたって血なまぐさい争いを繰り広げ、数百万人ともいわれる犠牲者を出した朝鮮戦争。元北朝鮮軍兵士で捕虜となった50人はインドを経由してブラジルへ、12人がアルゼンチンへ渡った。
 「50人は1956年2月6日、インド経由でリオに到着した。そのうちの14人が、ブラジル国籍者として今もブラジルにいる」と語る。
 パラナ州アプカラナ、カンピーナス、サンパウロ、麻州クイアバ、ゴイアニア、フロリアノーポリス。最高齢は91歳、多くが80代という高齢の元兵士たちに会いに、滞在中の3カ月間、彼らが住む各地を回った。連絡が取れた12人に会うことができ、インタビューを映像に収めた。
 映画のタイトルは、ポルトガル語で「Retorno Para Casa」。12人のうちの5人が朝鮮半島に一時帰国し、当時の様子を回顧する、いわば反戦ドキュメンタリーだ。
 「彼らは60年近くの間、祖国に一度も帰っていない。皆、死ぬ前に一度だけでも帰りたいと言っている。彼らの夢をかなえてあげたかった」との思いを語り、「彼らの戦争に対するトラウマは、想像を絶するもの。反戦意識、祖国統一への思いはあまりに強い。反戦のシンボルともいえる存在」と続ける。
 当地だけでなくインド、アメリカに住む元捕虜たちのインタビューも入れ、「自由に生きられる場所を求めて、国籍を捨てて遠くに行った人々」の姿を複合的にとらえていく。
 低予算のため資金繰りの目処が付き次第、いったん帰国して再びブラジル入りし、5人を祖国に連れて行く予定だ。構想4年、韓国移民50周年の今年中の完成を目指す。 「戦争が終わって60年経ったけど、ブラジルにも韓国にも彼らの記録はどこにもない。彼らの存在は、私たちの国の生きた歴史。決して忘れられてはいけない」

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