ニッケイ新聞 2013年5月23日
映像作家の岡村淳さんによる著書『忘れられない日本人移民 ブラジルに渡った記録映像作家の旅』(港の人、税別1800円)が先月刊行された。ご本人が編集部を訪れ一冊進呈してくれたその晩、栞をはさむことなく一気に読み切った。とても小欄では書ききれない様々なことを感じながら▼1987年に移住してから出会った移民6人との取材を通した人間ドラマと言ってもいい。取材対象は移民という大きな共通項がありながら、その手法は新聞とかなり違う。わずかな時間で移民人生を聞けるべくもないのだが締め切りもあり難しい。素顔をひきだすべく時間をかけ、家族同様に取材対象者に溶け込んでいくスリリングな過程が興味深かった。〃人たらし〃のなせる業だろう▼ですます調の「岡村節」そのものの文体もいい。上映会のトーク同様、グイグイ聞き手を引き込む魅力に満ちている。雑誌やサイトで切れ味のいい文章を披露する岡村さんの初めての著書である。本業は映像、と謙遜なさるが続編を大いに期待したいところ。コラム子好物の毒のスパイスが少なめで、マイルドな仕上がりとなっているのは初心者向けといったところか▼旧石器、縄文時代、宇宙の誕生、日本移民の歴史、自身の移住来歴など様々な時間軸を行き来しながら「自分の時間を生きる」ことの輝きを末尾に説く。制約に捉われないスタイルで取材をし、自分の時間を歩む移民との交流で得た時の感覚だろう。若い人に是非手に取ってほしいし、それぞれの時間を生き、たまに振り返ることもあろう当地の移民のみなさんにも、ぜひ一読を勧めたい好著だ。(剛)