ニッケイ新聞 2013年6月8日
正面の祭壇には蝋燭の光に照らされたノッサ・セニョーラ・アパレシーダ(ブラジルのカトリック守護神)の小さな聖像を中心に、その左右にはキリストの十字架像、日本の観音(仏教)、神武天皇、数々の奇跡によりバチカンに福者認定申請中のドニゼッチ・タヴァレス・デ・リマ神父の写真や絵、アフリカ伝来宗教に由来する心霊主義の賢人パイ・ジョアンの聖像も祀られている。ブラジルらしい文化混交した不思議な〃結界〃が張られた室内では、7、80人の日系参加者が静かに厳かに祈りを捧げていた。その中心は、あくまで沖縄の伝統的信仰だ。教育の高い県系人ほどこの件を忌み嫌う傾向もみられ、取材はかなり難航した。精神世界における日伯融合の深奥を探ってみた。(児島阿佐美記者)
「皆様ありがとう、はーいはい!」。白塗りの壁に囲まれた一室に、老女の歌うような祈りの声が響く。
ここは、サンパウロ市ジャルジン・アナ・ローザ区にある「心霊協会 キリストへの愛」(Associacao Espirita Amor a Jesus、以下「協会」)。白服を着た30人ほどの男女らが白布を張った四角いテーブルを囲み、椅子に腰掛けている。目を閉じ、体を揺らしたり合掌したりしながら、一人ずつ日語やポ語で祈りの言葉を唱えた。
週に3回、このような礼拝が開かれる。礼拝を進めるのは沖縄系の霊媒師、ユタ。これは沖縄県や鹿児島県奄美群島に古くから存在する民間の霊媒師(シャーマン、巫女)で、死者の供養や吉凶判断、災厄除去といった霊的問題の解決を生業としている。
礼拝が終わると、60代くらいの女性が部屋の中央に立ち、「なぜ祖先に線香をあげるのか」をテーマに話を始めた。
「祖先の知識や経験を心に残し、子孫に渡していこう。親子の血は交換できない。1日、15日は祖先から子まで3世代が出会う時。だから3本の線香に火を点し、3回手を合わせる…」。固く閉じた目を時折開けては、会場を見渡しながら語る。
礼拝に訪れた人々の大半は沖縄県系人だ。子供から高齢者まで幅広い年齢層が集う。講義が終了すると彼らは席を立ち、祭壇前の白いテーブルに鍵や運転免許証、家族の写真等を置き、ユタの前に並んだ。気の浄化(passe)を受けるためだ。
「シーッ」など鋭い音を発しながら、10人ほどのユタは両手で参拝者の体から何かを払い落とすような仕草をし、一つまみの米粒を各自の頭に乗せると、水に浸した植物の小枝を額にそっとあてた。参加者らは、礼拝で清められたペットボトルの水をコップ一杯ずつ飲み干すと、歓談しながら帰って行く。いつもの礼拝の光景なのだろう。
その時、祭壇の前で祈っていた一人の女性が、「オイ、トゥドゥベン?」と人懐こい笑顔で記者を出迎えた。協会の創始者花城ノブコさんの娘、マリア・エレナさん(53、二世)だ。
07年の末、協会の霊媒師が受けたメッセージに従って、彼女が後継者に選ばれた。当時ノブコさんは80歳と高齢を迎え、設立当時から活動を共にしてきたメンバーの多くも逝去していた。
エレナさんは母の存命中に、ウガン(拝み)や供え物の仕方などをノートに書き取り、間もなくやってきた母の死後、運営を引き継いだ。(つづく)
写真=礼拝が始まる前の協会の様子。奥に見えているのが祭壇。