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日本移民105周年に寄せて=サンパウロ日伯援護協会 会長 菊地 義治

ブラジル日本移民105周年

ニッケイ新聞 2013年6月15日

 今を遡ること105年前の1908年(明治41年)6月18日、笠戸丸に乗った最初の日本移民781人がここブラジル国のサントス港に上陸して105年の歳月が流れました。そして、今や、ブラジル国に於ける日系社会は150万人を擁する大きな社会を形成するまでになりました。この間の先達の皆様方の幾多のご苦労に対し、改めて感謝の念と深甚なる敬意を表したいと思います。
 この間、約1世紀余り、日系一世及びその子孫たちは農業分野での目覚しい活躍に始まり、工業、商業、政治、芸術文化、教育等々のあらゆる分野に於いて日本人特有の誠実さと勤勉さと不断の努力によってここブラジル社会の発展に大いに寄与し、今や、ブラジル社会にとって、なくてはならない存在として確固たる地位を築き上げております。
 ブラジル国は鉄鉱石、原油、天然ガス等の天然資源、コーヒー、とうもろこし、大豆、サトウキビ、各種果物等の農産物資源、さらには牛肉、豚肉、鶏肉、乳製品等の畜産物資源に恵まれ、一方で外資の導入による工業化も大いに伸展し、名目GDP(2012年実績)はロシアを抜いて世界第7位、基幹産業である自動車の生産台数でも世界第7位(2011年実績)の実績を誇り、今や、押しも押されもせぬ経済大国に成長いたしました。
 サンパウロ日伯援護協会(援協)は1952年から始まった日本人戦後移住の最盛期を迎えて、サントス港に上陸する移住者たちの上陸後の苦難を軽減、改善する目的で、休息と宿泊の場を作りたいとの思いで1959年1月にサントスに「移民の家」が開設されたことに端を発しております。
 爾来、今日までの54年間、援協はブラジル日本移民の歴史とともに歩んでまいりました。今や、援協は四つの医療施設、七つの福祉介護施設、総職員数約1900名を擁する大きな団体に発展いたしました。その間、援協はブラジル政府公認の公益福祉団体として医療及び福祉分野に於いて高齢の日本人移民の方々は勿論のこと、経済的、社会的に恵まれない多くの方々に支援の手を差し伸べてまいりました。
 援協は今後も、創立の理念であります「社会的弱者の救済援護」の精神を忘れることなく、着実、誠実に実践し、名実ともに日系社会の団体として日系社会のみならず、ブラジル社会にも、しっかりと貢献していく所存であります。
 最後になりましたが開拓先亡者の方々の偉大なる功績は日系社会のみならず、ブラジル社会の中で未来永劫、生き続け、輝き続けるものと強く確信しております。
 日本移民105周年を迎えた今日、今は亡き開拓先亡者の方々の御霊に対し、ここに衷心からの哀悼の誠を捧げ、追悼の詞といたします。