ニッケイ新聞 2013年6月20日
岸本書によると、日本人とみて迫害しようとする悪質な警官を、逆に翻弄(ほんろう)した、という話もある。
ある日の夜、サンパウロのピニェイロスのバールで、7人ほどの日本人が他の客に混じって玉突きをしたり、カフェーを飲んだりしていた。その店の前を行ったり来たりして中を睨(にら)んでいた顔の角ばった男が、突然、店に入ってくるや、大音声で「ココに居る日本人、全部動くな、これから警察へ連行する」と叫ぶや、全員を拘引した。男は刑事で、警察に着くと上司の係長に、彼ら日本人が日本語で夢中になって話していた、と報告した。
ところが、その日本人の中の一人が、エラク達者なポルトガル語で反論し始めた。
「この刑事の言うことは嘘である。自分はブラジル生まれなので、日本語よりポルトガル語の方が話しやすく、ポ語で話をしていた。バールで、そばに居たブラジル人を証人として呼んでくる」
慌てた刑事が、「この日本人たちは、ブラジルの悪口を言っていた、と知らせた者がいる」と声を張り上げた。
対して、その日本人は、「私はブラジル市民として、ブラジルの軍隊に入り、国旗の前に忠誠を誓った者である。ブラジルの悪口を言ったといわれては、残念です。一通行人の根拠なき言葉を信じて、ブラジル軍人としての名誉を傷つけられることは、とりも直さずブラジルの国家の威信を傷つけられたことである」と「ブラジル」を連発しながら、係長に軍隊手帳を提示した。
これに係長は首肯(しゅこう)、刑事の過失を認め、7人に謝罪、釈放した。
リオでは、中央市場の掲示板に貼り出される国際ニュースが、市民の人気を集め、時間によっては、大勢の人間がその前に立つので、後の方は読めないほどだった。
ある時、二人の男がやってきて読もうとしたが、前の青年の頭が邪魔になった。見ると日系人である。そこで一人が口ぎたなく罵り、場所を空けろと迫った。青年は二人を鋭い眼光で見据えていたが、視線を再び掲示板へ。周囲の人々はハラハラしている。無視された二人の内の一人が興奮「刑事だ!」と名乗り、殺気立った。
それでも青年、馬耳東風。刑事が体当たりしようとした。青年、ヒラリとかわしたので、つんのめった。立ち直ろうとした処へ、青年が顎(あご)を一撃。刑事、これでブッ倒れてしまった。もう一人の刑事は逃げ出した。
青年は、その場を去らず、やがて数人の警官がやってきて、居丈高に連行しようとすると、黙ってポケットから手帳をとりだし提示した。手帳には陸軍予備役騎兵中尉とあった。警官たちは、急に姿勢を正し敬礼、青年は、自動車を別に雇って彼らを指図しつつ、警察に向かった。
この光景を見ていた人々の口から口へ話が伝わり、リオ中の評判となった──。
以上、話の筋が、昔の勧善懲悪モノの映画か何かのようであるが、岸本が青年の名前や出身大学まで書いているところを見ると、これに近いことがあったのであろう。
何もなかった人や地域も
迫害めいたことは何もなかった、という人や地域もある。
ノロエステ線ヴァルパライーゾに居た救仁郷靖憲(ブラジル生まれ、2011年現在名誉下院議員)は、戦時中は10歳前後であった。「何もなく、普段通りの生活だった」という。ほかにも、そういう話は少なくない。(つづく)