ニッケイ新聞 2013年6月22日
『笠戸丸から見た日本』(海文堂出版、07年)の著作などで知られ、日本在住の笠戸丸研究家・宇佐美昇三さんが、刊行されたばかりの『移民百年史』第5巻の内容に異議を唱えるメールを本紙に送ってきた。
問題の個所は、第5巻の編纂委員長・醍醐麻沙夫さんが書いた第5巻「序章」2頁で《笠戸丸に改名される以前の船名は「カザリン号」とか「カザン号」とかいわれているが、「アリョール号」が本当らしい》との一文だ。出典は『かさと丸』(移民五十年祭委員会編、1958)であるとされている。
1963年に『かさと丸』を手にした宇佐美さんにとって、その船歴のあやふやな記述に戸惑い、「ちゃんと調べなければ」と決心した出発点だった。それから四十余年に渡って調べた成果が『笠戸丸から見た日本』に結晶している。
「ロイド船籍簿」から始まり、造船された英国まで調査に足を延ばし、ロシア側の史料にもあたって謎解きをするように丸一冊をかけて、船歴や船名の謎を解明し、笠戸丸の前身がカザンであることをはっきりと例証している。(同書8〜12ページ)
宇佐美さんは《アリヨールは、カザンとはトン数も船型も全く違う別の船で「日本海海戦」ではバルチック艦隊に随伴して病院船であり、ヘーグ条約違反で拿捕され「楠保丸」となりました(同書4、6、8章)と弊紙宛のメールに書く。
宇佐美さんは《「このような説も有るよ」という紹介を随筆のように書いたり、異説を唱えることは、全く自由です。しかし『日本移民百年史』のような歴史書では、先行研究の調査をせず、かつを資料批判なしに公刊されるのは、今後に禍根を残すおそれがあり、心配です。どこかで訂正をしっかりされておくことが、編集委員会としてのと責任であると思います》と結んでいる。
ちなみに『笠戸丸から見た日本』の続編ともいうべき『蟹工船興亡史』(宇佐美昇三、凱風社)がこの6月に日本で刊行されている。