ニッケイ新聞 2013年8月3日
「ブラジルには『子どもの誕生は善、つまり絶対的に良いこと』という共通認識がある」と片島さんは力強く断定する。「だからここで不妊治療に引け目を感じることはないし、隠す必要もない。待合室で順番を待つブラジル人の表情があっけらかんとしているのは、そのせい」と説明する。
不妊治療を始めると、朝晩病院に通いつめることも珍しくない。それが、費用と時間のゆるす限り、妊娠するまで1カ月サイクルで繰り返される。そのストレスが逆に不妊を引き起こすといわれるほど精神的・肉体的負担は大きい。片島さんは「中には10年治療を続けた人もいた」と述懐する。
自身が婦人科の病気で通院したのがきっかけで、ボランティアを頼まれた。これまで40代の日本人女性7〜8人の不妊治療を支援してきたが、「日本人は病院に来る前にすごく調べてくるから、実は通訳なんていらないくらい」と笑う。それでも不安からか、毎回付き添いを頼まれることもあった。
彼女は「それに、行き詰った感じの人が多い気がする。他の日本人が通院しているかどうかを気にして時間をずらすよう頼んだり、思いつめて鬱気味になったりする人もいる」と観察する。不妊治療に対する態度がブラジル人とは対照的なのが、日本人のようだ。
日本女性は診察時間を律儀に守り、妊娠のための〃処方箋〃を調べあげて生活を律し、治療が痛くても不愉快に感じても、我慢して黙っているという。「日本では患者より医者が偉くて、医者の言うことを盲目的になんでも聞こうとする。でも、ブラジルはむしろ横並び。医者は、技術的助言はするけど一緒に協力してやりましょうという感じ」。だから当地の医師には、思ったことを何でも気軽に口にするブラジル人女性に比べ、「日本人女性は真面目すぎる」と映るようだ。
片島さんは「お医者さんたちは、もっと心を開いて何でも話してほしいと思っているみたい」と医師の気持ちを代弁した。「なぜかというと、抑圧された状態の時はなかなか妊娠しないから。一番いいのは、『もう、いいやーっ!』となすがままな気持ちになった時」とも。
彼女の役目は内にこもりがちな日本人女性の心をほぐし、患者の声をくみとって医者に届けることだ。
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女性の晩婚化・初産年齢の上昇が続く日本では、卵子の老化による不妊傾向が深刻化している。加齢に伴い卵子も老化することが、あまり意識されていないようだ。
浅田レディースクリニック(浅田義正院長)のサイトによれば、卵子の元となる原始卵胞の数は、本人が生まれる頃が最多で約200万個、その後は毎月排卵されて減り続ける。思春期・生殖年齢に入った頃は、約20〜30万個まで減少してしまう。35歳を超えると、卵子の老化で妊娠の確率は急降下する。
そのため、高齢出産を望む女性や自分の卵子で妊娠できない女性に残された選択肢は、他の女性から卵子提供を受けることだ。しかし、法整備が整わず、規制も厳しい日本では障害が多い。従来の日本では、卵子提供を受けたい女性は、自ら親族等に頼んで卵子提供者を見つけなくてはいけなかった。(つづく、児島阿佐美記者)