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ブラジル文学に登場する日系人像を探る 10=中里オスカル=ジャブチ受賞『NIHONJIN』=中田みちよ=(6)=「大和魂に反する行動」

ニッケイ新聞 2013年8月7日

【あなたはいい人で、模範的な夫であり、子どもたちもみなよい子だが、しかし、それだけでは幸せになれなかった。だから、愛する男の許に行く。
 十年前に出立するはずだった人。ガイジンだったから父親が許さなかった人。部屋に戻りおいていく夫のそばに横たわった。この人は何だったのだろうか。彼女が結婚した人・・・子どもたちの父親・・・彼女が作った食事をたべ、彼女が洗濯しアイロンをかけた服を着た人・・・働いて、働くことで男の価値を高めた人・・・毎日、毎日帰りを待った人。
 しかし、こんなにも小っぽけなことだったとは。それが昔、あの男を見捨てて得た人生。私はなんとエゴイストだったのだろうか】
 このスミエの末子が物語の語り手ノボルで、母に置き去りにされた子としてはじめて顔を出します。そうか、父子だけの生活で、ずいぶん屈折した思いで成長したろうに・・・、しかし、それにしてはねじれがない、素直な感情の持ち主で、あるいはナカザトがそういうまっとうな性格なのかもしれませんね。
 「私が14歳になったとき、父親はもう分別がついたと思ったのだろう。母親は昔の恋人のガイジン、と生きるために私たちを捨てて去ったと聞かせてくれた。お前たちのことなんかどうでもよく、かわいそうだとも思わなかったんだ。
 「ウソだ!」
 ある時、荷物をまとめ、短い置手紙をのこしていった、と父は言葉をつづけた。ガイジンとのアヴァンチュールを生きるために、夫と三人の子どもを捨てていくなんて、どんな女なのだろう。善良で子どもたちを愛する女ならそんなことはしないだろう。
 「・・・でも、僕たちのことを愛していたヨ・・」
 それから、6年たって母親が訪ねてきました。うちにはノボルがいて、母と対面します。未亡人となった母親は子どもたちに会いにきたのでした。自分は間違っていなかった、だから許しを乞いにきたのではないと毅然としています。自分を殺して母親に徹するような女性は、女として幸福ではないというブラジルの女性観が顔を出して、爽快です。
 『美しい女性だった。痩せていたが黒服に身を包んできれいだった。母親だと直感的に分かった。絶対的な確信だった。幸せな気持ちでなかったが、かといって怒ってもいなかった。彼女は目の中を覗き込むように、
「ノボル?」
「はい、ノボルです」
「お母さんよ・・・」
「だれだい?」
 台所から父が聞いた。私は何と言っていいか分からなかった。
 「オカアチャンだよ」といおうかと思ったが、声にならない。
 ながーい沈黙がつづき、父親が近づいてくる足音がした。父は体を硬直させて私のそばに立ち、私は父に同情した。なぜならすぐ、追い返すか、家の中に入れるかと迷っているのだ。直後に母は兄弟のことを聞き、おじいちゃんやおばあちゃんのことを訊ねた。父はみんな元気だと答え、母は入っていいかと聞いた』
 五章は秀雄が勝ち組に入り、先進的だったハルオはトッコウタイに殺されます。日系社会の成員としては素通りできない問題ですからね。
[ハオはトッコウタイのふたりが、気を高ぶらせているのがわかった。
対話をする気など毛頭ない。 
 「貴殿は、大和魂に反する行動をした」
 趣意書をと読み上げた男が、もう一度くり返した。
 「しかし、正当な陳述の権利をもう一度求める。キミたちを派遣した上層部に帰って伝えてくれ。
 「使命を果たさずに帰るわけにはいかん」
 「私を裏切り者として断罪しているが、それなら、裁判において裁決してほしい」
 「判決は下された」
 「どんな判決にしろ被告人は陳述が許されるはずだ」(つづく)