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連載小説=移り住みし者たち=麻野 涼=第139回

ニッケイ新聞 2013年8月16日

 パウリスタ通りを過ぎるとレボーサス通りに入る。何度も通っている道だが、平然と割り込みを行うドライバーが多く、前方に注意していないと、サンパウロでは事故を起こしてしまう。両側の店のウィンドウに目をやる余裕など小宮にはなかった。ウェディングドレスを飾った店が二、三軒あった程度の記憶しかなかった。
 午後から二人はレボーサス通りに向かった。
「ここからは少し速度を落として走ってね」
 週末なので平日のような渋滞はない。
「赤い車が止まっている駐車場に入って」
 三台分のスペースがある。赤い車の横に車を止めエンジンを切った。
 店内の入ると、ウェディングドレスを着飾ったマネキ人形が三体ほど窓側に並んでいた。それを二人で眺め、叫子がドレスに手を伸ばし、感触を確かめていると、女性の店員がやってきた。
「ご結婚されるんですか」
 店員の方に目をやりながら「ええ」と叫子が答えた。
 女性は笑みを浮かべて「おめでとうございます」と言ってから、小宮の方にも視線をやり「ノイーバ(婚約者)ですか」と叫子に聞いた。叫子が頷くと「試着したければ、いつでもおっしゃってください」と言って、二人から離れた。ブラジルの店員は客にずっと付き添うことはない。
 叫子はマネキ人形のドレスを見ると、壁際に飾られているドレスを一着ずつ取り出した。自分の体に合わせて、鏡に映しながら見ている。小宮には多少のデザインが違うだけで大差ないように思えた。
 叫子は三着ほど取り出すと、試着させてほしいと店員に頼んだ。店員はドレスをハンガーから外し、叫子を試着室に導いた。
 十分ほど通りを流れる車をぼんやり見ていると、店員の声が聞こえた。
「どうぞ、こちらへ」
 店の奥に設えたカーテンを開けると、広いスペースがあり、真正面は一面ガラスで外の光が部屋全体に差し込んでくるように設計されていた。片方は壁一面大きな鏡になっていた。反対側にはドアが三つ並び、試着室のようだ。
 真ん中のドアが突然開き、叫子が出てきた。後にはもう一人の店員がいて、裾の形を整えている。恥ずかしそうに小宮に視線を送ってきた。
「キ・リンダ」
 小宮を案内した中年の女性店員が思わず口にした。それは営業用のセールストークではないと小宮も思うほど、純白のドレスをまとった叫子は美しかった。
「どうかしら……」
「きれいだよ」
 叫子は鏡に自分の姿を映し、一通り見終わると、他の二着も試した。
「どれがいいかしら」
 叫子は決めかねていた。しかし、それは小宮も同じだった。
「君が気に入ったものを選べばいい」
「清一さんはどれがいいの?」
 どれでもいいわけではなかったが、三着とも優劣つけがたかった。答えあぐねていると、叫子は中年の女性店員にオーダーしてから完成するまでの日数や、デザインを修正した場合の値段などを細かく尋ねていた。
 その店で決めるのかと思っていると、叫子は名刺をもらうと「他の店にも入ってみましょう」と小宮に言った。
 車に乗り込み、次の店に移動した。その日は五軒も回り、小宮はどの店でどんなデザインのウェディングドレスを見たのか、混同してわからなくなっていた。
 帰る頃には二人とも疲れきっていた。
「今日の晩御飯はレストランでいいかしら」
 叫子も疲れているのだろうが楽しそうで、二人が出会った最初の日に入った寿司安で食事した。叫子は店の名前と試着したドレスのデザインを覚えていて、気に入っている点、気に入らないところを小宮に説明した。(つづく)


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