ホーム | 文芸 | 連載小説 | 日本の水が飲みたい=広橋勝造 | 連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=第一章 旅僧  

連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=第一章 旅僧  

 

ニッケイ新聞 2013年9月12日

 

 二〇〇七年五月十日、成田発サンパウロ直行JAN045便は、東の空に朝の気配が迫るサンパウロ国際空港に、時間通り到着した。
 大きなジャンボ機は所定の第一ターミナルに機体を寄せると、朝の静けさを破ってかん高く唸る四機のエンジンを次々と切って、二十六時間に及ぶ長旅で疲れた乗客に、あたかも『ご苦労さまでした』と言うかの様に、そして、無事任務完了を喜ぶかの様に最後に機体を僅かに揺らせて静まった。
 七年前、警察署内で犯した不祥事で天職としていた刑事を已むなく辞め、それ以来、小さな旅行社を営むブラジル日系二世のジョージ上村は、この便で到着した自社斡旋の大事な日本人客の世話で空港に来ていた。それに、この便のビジネスクラスの一人にオーバーブックの被害が出たのが気がかりであった。
 ジョージは、給油を兼ねた中継地のニューヨークで幸運にも一つ空席になったファーストクラスをこの被害者に提供してもらい、あまり期待はできないが、JAN航空に運賃の一部払い戻しの要請書を出した。この処置でジョージの誠意が伝わり、客は怒りを抑えてくれた。
 何度も起こるこの種のトラブルに、JAN航空のサンパウロ営業担当者は『地球半周の世界一長距離のこの便は、他社への委託変更が不可能のため、オーバーブッキングは絶対しない』と断言しながらも、何故オーバーブックになるのか解明出来ず、困り果てていた。
 JAN便到着から一時間後、サービス旺盛なジョージは、出迎えがなかった自社斡旋の三人の日本人と、いつの間にか助手席にチャッカリ座った背の低い見知らぬ日本人を日本製四輪駆動の大型車に乗せ、彼の旅行社があるサンパウロ中心部に近い東洋街へ向かった。
 近年、空港内で狙いを定めた旅行客が乗ったタクシーを追跡し、目的地に着いたところを襲う強盗事件が多発していた。ジョージは出迎えの無い自社斡旋客をその危険から守ろうとこの無料サービスをしていた。
 空港から片側四車線の広い幹線道路に出て直ぐ、ジョージはサンパウロに向かって歩く一人の浮浪者を前方に確認、『こんな高速道路の脇を・・・、危ないじゃないか』と見下すような横目で浮浪者を抜いた。
 その瞬間、浮浪者と思った男が頭をまるめ黒い法衣をまとったボーズである事に気付き、その信じ難い光景を再確認しようとサイドミラーを覗いた。(つづく)