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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(2)  

 

ニッケイ新聞 2013年9月13日

 

 そのサイドミラーにボーズと路肩の潅木から飛び出す数人の男が写った。明らかにボーズを襲おうとする強盗だと判断したジョージは咄嗟に後続車との安全を確認しながら車を道路脇に寄せ、急停止し、『なにが起こったのか?』と心配顔の日本人達に、
「ちょっとお待ちください! 人を拾いますので」
 その言葉にブラジルの治安事情を知っているサンパウロ在住の日本人が、
「こんな所で止まるのは危険じゃないか!」と顔をしかめた。
「ボーズが危ない目に遭っています」
「ボーズ!?」
 そう言って『なにとぼけた事を』と言わんばかりの態度を無視して、めったに見せない笑顔を誠実さで補うジョージは、コンソールボックスから刑事時代愛用のセミオートの拳銃を取り出し、その上部を『カシャッ』とスライドさせて弾を銃身に装填してから狭い道路脇をバックした。
 そのジョージの行動に圧倒され、日本人達は沈黙してしまった。
 それに、躊躇なくバックしてくる大型車に気付いてボーズを取囲んでいた強盗達も慌てて潅木の中に逃げ込んだ。
 一人残ったボーズは、男達と引っ張り合って倒れたトランクを立て直し、それを引いて、バックしてくるジョージの車の方に向かって歩き始めた。
 ボーズが車の横まで来ると、ジョージは窓ガラスを下ろし、助手席越しに、
「大丈夫ですか! サンパウロに向かっておられるようですが」
 ボーズは思いもよらない日本語の呼びかけに安堵と驚きを同時に表し、
「あっ、はい!」と応え、強盗に遭った興奮から覚めず、
 『先請弥陀入道場、不違弘願應時迎、観音勢至塵沙衆、従佛乗華来入會、・・・、先請弥陀入道場、不違弘願應時迎、観音勢至塵沙衆、従佛乗華来入會』
 となにやら念仏のようなものを繰り返しながら通り過ぎた。
 ジョージは慌ててボーズの歩調に合わせて車を走らせ、
「どうぞ・・・、サンパウロまで案内します」
ボーズはまだ動揺が収まらず咄嗟の判断が出来ないのであろう。
「ありがとう」と礼を一言言ったにもかかわらず念仏のようなものを唱えながら歩き続けた。
 ジョージはボーズから五、六メートル先に車を止め、右手に拳銃をしっかり握りしめ、運転席から飛び降り、
「この辺りは危険です!」そう言って、頑固に歩き続けるボーズを保護した。(つづく)