ニッケイ新聞 2013年9月17日
「いつも上を見て歩くのが癖になっている」と、切り倒されたアバカで足場の悪いプランテーションを歩く半沢勝さん。上を見るのは咲きそうな花がないか探すためだ。開花直後がいちばんしなやかな繊維が取れるのだそうだ。
茎の太さによって取れる繊維の量が違うため、3本合わせていつも同じくらいになるよう切る茎を選ぶ。
茎を倒す前に余計な葉を切り落とすことを「ソンケ」と言う。柄の長い鎌のようなソンケと呼ばれる道具が使われる。
「トゥンバ」は茎を切り倒すことだ。茎と言っても、高さが3メートル、太さも20センチくらいあるため木が倒れるようだ。
3本揃えると、使わない茎で巧みに台を作り、葉鞘の繊維のある部分だけを見極め根元の方から剥がしていく。
道具は鉈のようなトゥクセイロという刃物だけ。皮を剥く作業「トゥクセ」からきている。
剥がされる葉鞘はまるで長い鞭のようにしなってうなる。華麗な作業は見ていて飽きないが大変な手間だ。
繊維は外側のほうが赤褐色、内側に行くほど白くてしなやかなため、等級は上がる。
次はブレーロと呼ばれラバで麻引き所まで束を運ぶ作業。ここまではすべてプランテーションの中で行われ、倒された茎の残骸はそのまま放置され肥料になる。
アバカはバナナと同じく、残された根から次々と茎が生えてくるので新たに植える必要はない。
ラバが運んできた葉鞘の束「トンギージョ」は、油でまっくろになった麻引き機「ハゴタン」で繊維にする。ダバオで日本人が発明した機械だ。
機械と言ってもヤスリがモーターで回っているような簡単な仕組みで、人が葉鞘をヤスリ部分に巻きつけ、葉肉を落としていく。「アサ(繊維)が強すぎて、手や足に巻かれると、すぱっと持ってかれるよ。へっへっへっ!」。そう豪快に笑い飛ばす様子からは、長いアバカ産業の歴史の一断面が伺われる。
効率化を計りたくとも、地面が平らでなく並んで植えられていないプランテーションから運び出すにはラバが最適だ。
ラバが引きずってゴミが紛れ込んだアサをより分けるのも、人の目と手が頼り。そうしたことから言葉だけでなく作業自体もダバオ時代からほとんど変わっていない。
独立した半沢さんは、43ヘクタールのアバカと22ヘクタールのバナナの生産を行い、それぞれを日系のABAUDESAとTECNOBANに納入している。
「昔は麻雀が楽しかったけど、日本人がいなくなっちゃったからね。今は夜ウィスキーを飲むのが楽しみだね」。
半沢さんの後ろで素麺のように干されたアバカが風に揺れていた。
☆ ☆
古川拓殖から独立した日本人アバカ業者がソシオ(会員)となっているABAUDESAは、干された状態で納入されたアバカ繊維を品質の等級に分け、きれいに掃除し、圧力をかけて固め、日本に向けて輸出している会社だ。
そこで雇われ社長をしているのはグアヤキル生まれの二世、古木雄治さん(27)。1年半前、前社長が体調を崩したため、ソシオが一日交替で社長の仕事をしていたときに白羽の矢が立った。(つづく、秋山郁美エクアドル通信員)