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島田正市さん パウリストン審査委員長辞退=「私を馬鹿にしている」=UPK会長と食い違い=山尾「よく分からない点多い」

ニッケイ新聞 2013年9月20日

 パウリスタ・カラオケ連合(UPK、山尾俊雄会長)が主催する『サンパウロ州選抜カラオケ大会』(パウリストン)の審査委員長を18年に渡って務めてきた島田正市さんが今年8月、来年2月に開催される20回大会の審査員としての参加を辞退した。「山尾会長との個人的ないざこざの結果。彼は私を馬鹿にしている」と憤る島田さんに対し、「辞められたことに対して、こちらからは何も言うことはない」という山尾さん。食い違う双方の言い分を聞いてみた。

 「山尾会長とはこれ以上は一緒にやっていけない。我慢の限界だった」と話す島田さん。本紙の取材に事の発端をこう語った。「昨年か一昨年か、連合側が、私が会長を務めるコンセーリョ・ジュラードス(審査員委員会)に、何の断りや相談もなく『パウリストンの歌詞審査の基準を変更した。各支部の代表を集めてすでに決めたこと』と通達してきた。今までそんなことは一度もなく、筋が通っていないと怒鳴りつけた」という。
 「それに気を悪くしたのか、それからしばらくしてコンセーリョのメンバーを入れ替える選挙を仕掛けてきた。規定である役員の3分の2の賛成票が得られなかったので廃案になったが、その後、私が主催する大会に顔を出さないし、明らかに態度がおかしい。我慢に我慢を重ねてきた…」との流れがあった。決定打となったのは「毎年パウリストンの予選前に開催される審査員の講習会の日程を、連合側に勝手に決められ押し付けられたこと」だという。
 8月24日に行われたこの講習会に関して、「日程はこれまで私たちが決めてきた。山尾会長は私自身もコンセーリョのことも軽視し、馬鹿にしている」と考え、講師としての参加を取り止め、次回のパウリストン審査委員長の座も返上、同時に審査委員会の会長からも退いた。
 一方、山尾会長の主張は大きく食い違う。歌詞審査の基準変更については「この件でもめた覚えは全くない。いつの、どのことを言っているのか、さっぱりわからない」と首をかしげる。
 前述の〃選挙〃についても「定款になかったコンセーリョ・ジュラードスを、理事会に組み入れるための定款変更投票だった。実施されたのは昨年の10月で、約200ある役員票のうち、島田さんらの反対もあってあと2票が足りずに無効に終わった。それ以降、彼との折り合いが悪くなった」と説明した。
 さらに「島田さんとは彼の会長続投を約束した上での投票だった。これに抵抗してきたのは、コンセーリョを今まで通り思うように動かしたいということかも」と話した。「8月の講習会も、6月頃に開催が出来るようコンセーリョ側に打診していたにも関わらず、結局しっかりとした段取りが組まれておらず流れていた。パウリストンの予選が始まる前に確実に開催するためにも、こちらで決めざるを得なかった。急きょ辞退されてこちらとしても非常に焦らせられた」と迷惑げに語った。また「島田さん主催の大会に参加できなかったのは1回だけ。それも奥地の別の大会に行く用事があったから」だとし、言い分は食い違っている。
 いずれにしても、多くが楽しみにしている大会なだけに早急な解決が望まれるところだ。