ニッケイ新聞 2013年9月28日
サンパウロ市東部で、6月8日からずっと、帰らぬ主人を待ち続けている犬がいる。
4年前、サンパウロ市内のとあるファヴェーラ(スラム街)で捨てられ、蚤にまみれ、腹の中には虫がいる、皮膚病も起こして弱りきった状態だった茶色い犬。捨て犬や捨て猫を保護する非政府団体の人々が見つけて手当てしなければ死んでいたに違いない、そんな子犬を引き取ったのはブリキ職人のジョゼ・サントス・ローザさんだった。靴箱に入れられた子犬を受け取ったサントスさんは、成長したら大きくなる種類の犬と知り、作業場で飼う事にした。
それからのサントスさんは、子犬のベートーベンがすり抜けてしまう門に板を張り、塀の上を歩き回る姿にあわてる毎日。ベートーベンはベートーベンで、7時になってサントスさんが作業場に着いて鍵を回す音を聞くと、急いで寝床から跳ね起き、サントスさんの胸に飛び込むのが日課になった。雨の日も、風の日も、サントスさんの作業場には、ベートーベンと戯れるサントスさんの姿があり、嬉しそうに声を上げるベートーベンの姿があった。
だが、そんな日課が途切れたのは6月8日。7日の夜、いつものように別れの挨拶をして作業場を出たサントスさんは、自宅へ向かう車の中で突然、強い胸の痛みに襲われた。急いで車を停める場所を探したサントスさんは、自分で救急車を呼んだが、救急車が着いた時、サントスさんは既に帰らぬ人となっていた。
何も知らぬベートーベンは、それからも毎日、サントスさんの作業場でサントスさんの着くのを待っている。たった一つ違うのは、毎日聞こえたベートーベンの嬉しそうな声が、2度と聞かれなくなった事。
事情を知る近所の人々は、「この道がこんなに静かだった事はない」と胸を痛める。隣人達は餌を与えたりする一方で、他の施設に連れて行こうともしたりしたが、ベートーベンは作業場を動かない。「僕は父さんの来るのを待ってるんだ」といわんばかりのベートーベンの姿は、近所の人々の涙を誘っている。(26日付フォーリャ・デ・サンパウロ紙より)