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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(21)

ニッケイ新聞 2013年10月11日

 中嶋は開かれたドアの中に早朝の薄明かりに白く輝く『色白にして法衣を付けずして天衣をまとい十五のむすめの如く』と『大吉祥天女念誦(ねんじゅ)法』に記される『吉祥天』の化身を見た。その化身はドアを閉めると真直ぐ幸せホルモンで満たされた中嶋のベッドに入って来た。
「(まあ、頼もしい〜)」そう言って化身は、中嶋の童貞火山を布の上から優しく撫でると、火山は一瞬で噴火してしまった。煩悩は解決されたかにみえた。しかし、第二の矢を受けた女は、
「(まあ、勝手に! 許せないわ)」そう言って休火山になろうとしている中嶋に優しい行為を施した。
「(ほら、心のこもった奉仕、素晴らしいでしょう)」
 僅か一分で、童貞火山が再び煩悩活火山となると、
「(私の番よ)」
 女は中嶋の上に乗り、噴火させないように注意しながら、童貞火山を右手で湿地帯に導こうとした。それで、支えていた右手を無くした女の身体は中嶋の身体に上から密着して、甘い香り、大きな乳房、艶めかしい息と声、纏わる細い髪、すべすべした肌が一度に中嶋の五感を刺激し、高貴に幸せを求めるオキシトシンを必要以上に活性化させ、狂わした。
 中嶋の童貞火山は、天国と極楽と楽園の間をさ迷い、「ウォー」と再び愛の入口の二センチ手前で大噴火して大事な一線を守った。だが、このままでは、煩悩に屈するのは時間の問題であった。
 『お釈迦』さま入滅後の無仏世界の総責任者である『地蔵菩薩』は修行僧の大危機に気付き、守護武天としてお供していた仏界一の光速の三分の一で走る『韋駄天』に『愛染明王』宛の処方箋改善要望書を託した。
 『地蔵菩薩』からのメッセージを受けた東洋のキューピット『愛染明王』は体を深紅に染め、新しい処方箋の矢を中嶋和尚めがけて放った。
《間に合ってよかった。将来を期待する修行僧の最低限の清浄はなんとか守られたようだ》見事に矢は中嶋和尚の脳天に命中した。
 それで、中嶋和尚は修行で最も難しい難関を無事に突破する事が出来たのである。
「(なによ!酷いわ)」女は自分の衣服を拾い集め、シャワーを浴びて身支度すると、眠りから覚めようとしていたジョージの頬にキスして、
「(貴方が一番素敵よ)」そう言ってアパートを去った。
 それから三十分後、ジョージが起きてきた。安らかに眠っている中嶋をそっとそのままにして、アパートの向かいのコーヒー店へ出かけた。
 朝の最高の幸せ寺(テラ)ピーと云われるバターを塗ったフランスパンと温かいコーヒーを持帰り、それを居間のテーブルに置き『ひるにもどります』とひらがなのメモを添え、仕事に出かけた。