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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(26)

ニッケイ新聞 2013年10月18日

「そうなんですか」
「それで、これから中嶋さんをどうすればいいか・・・」
「残念でしたね。せっかくブラジルまで来られたのに・・・、それで、中嶋さんはいつ日本へ戻られるのですか?」西谷はそれが当然だと云う顔で言った。
 中嶋は突然両手を合わせ一般的な経文を読誦(どくじゅ=そらで読む)し始めた。経文に心が集中すると乱れた心が落着くからだ。
 西谷副会長が、思い出しながら、遅れ気味に中嶋の読誦に追唱した。一節の区切りで、
「中嶋さん、お願いがあります。ついでにと云うと失礼ですが、今、ここで宮城県人先没者の法要を行っていただけませんか」そう言いながら、西谷は中嶋を宮城県人先没者慰霊碑がある屋上に案内した。
「もう三年以上、ここで法要を行っていません。今の理事会に宗派を気にするうるさい方がいていつもお流れになっていました。それに中沢県人会会長も余り興味がないようで、私はこれ以上我慢出来ません。今日、強引になんとか・・・、是非お願いします」
「いえ、私にはそんな大それた事は・・・」
 そう言って拒む中嶋に、西谷は言葉通り強引に、
「ブラジルは『大それた事』なんて言う所ではありません。出来るか、出来ないかは自分次第の国です。是非・・・」
「私に、法要する資格などありません」
「そんな事ありませんよ。私は二十九年前までアマゾンの第三トメアス配耕地でコショウを栽培しておりましたが、そこで、疫病や事故で多くの仲間を亡くし、その仲間達を葬式の真似事で弔いました。なにせ熱帯ですからね、屍を急いで埋葬しなければならず、坊さんも勿論いませんでしたから資格なんて考えもしませんでした。中嶋さん、お願いします」
「これはただ、私の心を落着かせる為に唱えました。霊を癒す力など私にはありません」
「中嶋さん、ブラジルでは資格など関係ありません。自信を持って、是非お願いします」と、西谷は宮城県人先没者慰霊碑にろうそくを灯し、その炎で十数本を束にした線香に火をつけ、手を合わせた。
「しかし・・・」
「こんなにまで頼まれて、何とかしようじゃないか、中嶋さん」ジョージも中嶋に迫った。
「分かりました。御経を上げさせて下さい。直ぐに法衣を纏ってきます」
「中嶋さんは俺のアパートに居ます。アパートは直ぐそこですから」
 ジョージの言葉に西谷は同意した。